彼はサークルで出会った、1個上の先輩。
鼻筋が通っていてぱっちり二重。いつもお洒落な格好をしていて、ビンテージのリーバイスだとか、マルジェラだとかを着こなしていた。
最初は取っ付き難い人だなという印象だったのに、話してみると良い人で、何度かご飯に行くような仲になっていた。
良い匂いがして、話が面白くて、大好きだった。
その言葉を聞くまではとっても切なくて、とっても幸せだったのに
ある日、秋になりかけの夏の夜。
一緒にご飯に行った帰り道。
彼は最近好きになった女の子に、好きな人が出来てしまったらしい。よく恋愛相談に乗らされているんだとか。
その女の子が羨ましい。
それが、その子が私のことだったらどんなに嬉しいだろう。でも私の事じゃない。そんな話はしたことがないから。
お互い酔っ払ってて、ふらふらで、夜風が涼しくて、気持ちいねなんて笑いながら、帰路についていた。
「ねえ」
「なに?」
「ホテル行こ」
その言葉を聞くまではとっても切なくて、とっても幸せだったのに。
その言葉の意味が、私にとってどれだけ傷つく現実で、でもまさか、凄く凄く嬉しかったなんて微塵も思ってないんだろう。
「うん、いいよ」
複雑な気持ち。
最中はただ悲しみがいっぱい。そう思いたかったけれど
部屋に入り、ラブホなんて初めてきたという嘘をつきながら、ぎこちない振りをしてお風呂を貯める。
幸い部屋はタバコ臭くもなく、綺麗な部屋で良かったな、とぼんやり考えていたが、はっと気がつく。
「ていうか私生理なんだけど、どうしよう」
「ゴム付けるから、いいでしょ」
そんな、一応の気遣いのように聞こえて、実は思いやりの欠けらもない言葉に傷つきながら、まあ彼が気にしないならいっか、と受け流して、良い匂いがする彼の首筋に顔を埋めた。
最中のことはよく覚えてなくて、ただ悲しみがいっぱい。
と、思いたかったが、びっくりするくらい気持ちよかった。
彼は特別上手いわけじゃなかった。
でも、肌が触れ合う度、恥ずかしさと興奮が胸の内側でうねり、吐息を漏らす度に頭が痺れた。
私は今、この人とセックスをしているんだ。
意識すればするほど体は火照り、全身に力が入りすぎて、シーツを掴む手が固まってしまい、血が通っていないような気がする。
穴と棒があって、それが出し入れされる度、何だかしっくりくる。
何だか圧迫感以外に幸福感が押し寄せてくる。気持ち良い。
吐息に喘ぎ声が混ざる。
頭が真っ白に。冷たく言い放たれたフレーズがループする
その時、彼が吐き捨てるように言った。
「この女」
この女、って何?
頭が真っ白になってしまった。
頭の中で、冷たく言い放たれた「この女」というフレーズがループする。
この女、の続きをずっと考えてしまう。
この女、クソビッチだな。
この女、ヤリマンだな。
この女、この女。
悔しいなあ、情けないなあ。
そんなふうに思われるために、セックスした訳じゃないのに。
今だけだとしても、求められるのが嬉しかった。
出来れば好きになって欲しかった。
今だけでも良いから好きって言って欲しかった。
そんな、好きなんて気持ち。
1ミリもなくても、嘘をついて、最初から最後まで優しくいて欲しかった。
ただの性欲のはけ口なんだとしても、「この女」なんて言わないで欲しかった。
それからは、何となく気まずくなってしまい、会うこともなくなってしまった。
あの言葉の意味も聞けないまま。
悲しい夜だった。