夜というのは、つくづく不思議な時間だと思う。昼間には顔を出さなかったものが、何の憚りもなく出てきたりする。人に本音を話すことが苦手な私でさえ、その心の内をさらけ出してしまえた。
あれは確か、大学2年か3年の頃だったと思う。恐ろしいことに、もう6、7年ぐらい前のことになろうとしている。

記憶は夜だけ。悶々と抱え込んでいることを語り始めていた

私には、とても仲の良い、そしてとても尊敬できる友人がいた。
大学に入学してすぐのオリエンテーションで、たまたま隣の席に座ったのが最初だったと思う。少し話しただけで仲良くなれそうな気がしたのをよく覚えている。
そういう勘だけは優れているのか、実際に私たち2人はすぐに打ち解けた。とっている授業が違う時以外ほぼずっと一緒にいたといっていいぐらい、親しい仲だった。
そんな彼女が、私の家に泊まりに来ることになった。言ってみれば仲良し大学生のお泊まり会。たぶん、昼ぐらいからどこかで遊んで晩ご飯を食べて私の家に来るみたいなことだったように思うが、正直、その日の昼間にどこで何をしていたのか全く覚えていない。

その日の記憶は夜しかない。
家に着いて、
「わあ、部屋きれい。あまねちゃんらしい」
「いや、めっちゃ片づけてんから(そこのクローゼット開けんといて!)」
みたいなやり取りをひとしきりして、お風呂やらなんやらも済ませ、さあそろそろ寝るかというぐらいの時間。
いったいどこからそんな話になったのかも分からないが、気が付くと私たち2人は、ぽつりぽつりと、日ごろ悶々と抱え込んでいることを語り始めていた。

どういうわけか、周りからは勝手にしっかりしていると思われた

2人とも育ってきた環境が似ていた。小さい頃から習い事をさせてもらったり、塾に通ったり。勉強をはじめ学校でも上手くやっていた、いわゆる「優等生」的な人間だった。
自分ではそんなつもりないのに、どういうわけか周りからは勝手にしっかりしていると思われた。

でも、そんなイメージとは裏腹に、心の内は脆くて悩みだらけ。
今まで与えられたことを卒なくこなしてはきたが、何事にも本気になったことがない。寝食忘れるほど夢中になるって何?何をやってもお腹はすくし寝たい。
大学進学を目指して頑張っていたけど、いざ入ってみたらその先どうしたいのかよく分からない。大学に入れば何か見つかると思ったけど、そんな気配もない。急にはしごを外された気分。結局、「受験、受験」と言われてやってただけだったんだ。

そんな風に自分では何一つできていない実際と、色々ごまかしてきた結果得てしまった「なんかすごいやつ」というイメージのギャップだけがどんどん大きくなっていく。でも、自分が相当恵まれた環境で育ってきたことも分かっているし、今さらこんな情けないこと言えなくて、またごまかしてしまう。
気が付いたらお互いそんなことをその辺にぶちまけていた。

私は昔から自分の心の内を見せるのが苦手で、不愛想でとっつきにくい雰囲気でガードしている。対して彼女は人当たりがよくて、いつも笑っているような明るい感じだが、彼女曰く、そうやって笑ってごまかして本当に思っていることを言えないタイプらしい。

彼女と私はそれぞれ違う道を歩んでいる今、考えていること

人に与える印象こそ違うが、お互いぐちゃぐちゃしたものを心の中に隠していたようだ。
そんなぐちゃぐちゃの片鱗を誰かに見せてみたところで、たいがい「そんなことないよ」という慰めや「これからだよ」みたいなポジティブシンキングで片づけられてしまう。
でも、私たち2人は、そんなとっちらかった感情を、片づけるのでもきれいにしようとするのでもなく、ただそこにばらまいて一緒に眺めていた。

その夜の後も、相変わらず彼女は「えへへ」と笑って愛想がいいし、私はだいたいの人には「あっそう」みたいな態度でガードは健在だ。2人だけでいる時だって、あの時のことは「花の大学生2人でなんであんな暗い話してたんやろな」と笑い話になっていた。
やはりあれは「夜」という時間のなせる業だったのだろう。

あれから6、7年たった今、彼女と私はそれぞれ違う道を歩んでいる。長い目で見れば、あの夜は、全然違うところからやってきて全然違う方向に延びていく2つの線が、たまたま重なった点のようなものだったのかもしれない。それでも、やっぱり特別な夜だった。

もし、私たちの線が再び重なることがあれば、またあの夜のように心の内をさらけ出しあうのだろうか。今でも時々そんなことを考えている。