「あの夜があったから、私はきっと」。時折、私はそんな言葉を呟く夜がある。

あの夜見た満点の星宙を思い出しては、そうやって思い出の海へと心を沈めるのだ。そこはとても深いところで、深海のように光なんて届かない。そんな思い出の海なのだ。私以外、誰も立ち入れない。私だけの特別な海なのだ。

父は私が何をしても褒めてくれなかったが、私の悩みに向きあってくれた

あの寒い夜、父と喧嘩して家を飛び出した私は、自動販売機で購入したホットミルクティを片手に、満点の星宙をただ眺めるだけだった。自動販売機の横に座り込み、買ったばかりのホットミルクティを両手で包み込んだ。

そうしてぼーっと数多の星を目で追っていた時、星宙にひとすじ、光が走った。その星の輝きは、私が進むべき道を照らしてくれたかのように思えた。

同時に、私の頬を大粒の雫がつたう。自動販売機の光に照らされたそれは、まるでひとすじの輝きのようだなと、私は少し笑った。その輝きに背中を押され、私は帰路へ立った。

帰宅して父の顔を見ると、先程までの気持ちなど跡形もなく消えた。代わって出てきたのは「怒り」だった。

結局私は、父に何も言わず部屋に閉じこもった。父とは相部屋だったため、父が部屋へ来るタイミングで私はリビングへ行く。そして、夜通しゲームをした。

ゲームをしていた時、ふと思い出した。父が私にかけてくれた、唯一の言葉を。「自分らしくでいい。お前のやりたいことをやれ。お前が信じた道をまっすぐ見て、前に進め」。

初めてだったのだ。父は私が何をしても、1度も褒めたことがなかった。そんな父が初めて、私の抱えた悩みに向き合い、言葉をかけてくれた。それがあったからこそ、父と本気でぶつかれたのだ。

父と喧嘩をした夜から5年経った今でも、謝れなかった事を後悔している

喧嘩をした夜から5年が経った今でも、そこに後悔はなかった。ひとつ後悔した事があるとすれば、父に謝れなかった事だろうか。

お互いが頑固さ故に、自分からは謝らない性分だったのだ。夜が明け、父は朝早くから仕事へ出て行ったが、この家に父が戻ることはなかった。

心筋梗塞だったそうだ。私が病院へ着いたのは、15時頃だっただろうか。父が倒れて、既に10時間以上が経過していた。医者ができる限りの手を尽くしてくれていたが、延命は続かなかった。

その日は病院のソファで眠った。ソファで眠る中、夢を見た。時計の針は午前1時15分程に見えた。心肺停止を告げるアラームの音が、耳を貫く。

その中、医者が必死に心肺蘇生をしていた。その光景を天井付近から見ている私。あまりの苦しさに目を覚ました私の瞳は、宝石のように潤み、大粒の雫をいくつもこぼしていた。

父に直接謝れなかった後悔を償うかのように、私は墓参りに行く

時刻は午前12時55分頃だ。その夢から数分後、看護師が私と兄を呼びに来た。病室へ行くと、夢と同じ光景が目の前に広がっていた。

そして、父は呆気なく旅立った。人の死はこんなにも呆気ないのか、と私は目を腫らした。

その時のことを思い出すと、今でも瞳を潤ませてしまう。あの時の後悔を償うかのように、私は墓参りに行く。そして父に、感謝と謝罪をしてから、近況報告をするのがお決まりだ。

墓参りの日は雨が多い。まるで私の話に涙を流すように。