大学生のある夏の日のこと。
付き合って一年半の彼氏との花火大会デートに、気合いを入れた可愛い服とツインテール姿で出かけた。

お気に入りの服。彼は「恥ずかしい」と言って私を服屋に連れて行った

灰色の半袖ブラウスは黒レースの装飾と胸元の大きなリボンが愛らしい。真っ白な膝丈スカートはセーラー風で夏らしいデザインがお気に入り。ツインテールは白いシュシュで高く結い上げた。少しヒールのある白い靴に、マリンな水色と白を基調とした小さめの鞄を背中に背負って出来上がり。

背の低い私は、当時可愛らしい少女のような格好をするのが好きだったし、そういう格好の方が大学の友人たちにも好評だった。
容姿が特別優れているわけではないけれど、自分を可能な限り可愛く見せたいと思うのは、とくにデートともなれば当然の心理だろう。今日はいつもに増して可愛く気飾れた気がする。

うきうきした気分で待ち合わせ場所に着くと、けれど彼は私を見て怪訝な表情をする。
彼は「その服ちょっとこう、目立ちすぎないかな。俺はもっとシンプルで地味な方がいい。恥ずかしい」とかなんとか小声で呟いたかと思うと、私を連れて近くの商業施設に入り、目に入ったHoneysで全身彼の好みの服に替えられてしまった。
一応、取り繕うようにプレゼントだと言って支払いは彼が持つ。

彼が選んだのは、良く言えば流行のデザイン、悪く言えば没個性的なありふれた服。
彼の好みの服をプレゼントされたという点は嬉しかったし、当時の私は彼のことが大好きだったので、「いつもと違って珍しい感じ! でも悪くないね、ありがとう」なんて言って微笑んで見せた。
でも、いつの間にか、あのうきうきした気分は風船のようにしぼんでしまっていた。

私の服はみんなと違うから恥ずかしいといった彼。押し付けるのは違う

デートが終わって家に帰り冷静になると、どうしても今日の彼の行いに対して憤りを感じずにはいられない。
彼の選んだ服を着せられたままでいると、私の個性が否定されている気がして、とても嫌だったのですぐに脱いで洗濯機に放り込んでしまう。
普段自分が選ぶことのない、流行りの服は着心地が悪く落ち着かない。
大学で、街で、たくさんの女の子たちが似たような服を無難に着こなしている。
私もその大勢の一部に飲み込まれたみたい。いてもいなくても変わらない透明人間になったみたい。私じゃない似たような女の子が、私に成り代わっていても誰も気が付かないんじゃないか。
そんな考えが次々に浮かんでくる。

彼は、私の服は他のみんなと違っていて、目立つから恥ずかしいのだと言った。
確かに彼はいつも無難にシャツとスラックスにスニーカーという格好をしていることが多い。
でも、それは君の価値観であって、私に押し付けるのは違うのではないだろうか。

彼とは、その後も価値観の違いから諍いが絶えず、だんだんどこが好きなのかわからなくなり別れた。一緒にいてもお互いにストレスになるので、それで良かったと思う。

好きな服を着ることは、自分を表現すること。無理強いされたくない

今では服の趣味が変わって、少女的な愛らしさよりもクールでボーイッシュな雰囲気を表現したいと考えて服を選んでいる。
シンプルな黒シャツやトレーナー、ダメージジーンズなどがお気に入りで、ほとんど肌の露出をしないのがマイブームだ。
長くて艶やかだった髪の毛も、今は肩にも付かないショートカット。
鏡に映る私は可愛いとは言えないかもしれないけれど、理想的なボーイッシュな見た目がとても好みだ。

流行については今でもあまり頓着しない。好きだと思った服を着ている。
好きな服を着ることと、自分を表現することは切り離せないと思う。そしてそれは、誰かに無理強いされて良いものでは決してない。

あのデートの日に着て行った服は、今のボーイッシュな私にはきっと似合わない。
けれど、もう着ないからといって嫌いになったわけでもいらないわけでもない。大切に衣装ケースに収めてある。
あの可愛らしいブラウスとスカートは、笑顔で過ごした大学生の私の象徴だ。
誰に否定されたとしても、私にとって大切な一着に違いない。