1年前。また夏がやって来たことを鬱陶しく思っていた。
もともと出不精だが、なんたらとかいうウイルスが猛威を振るっているらしく、わたしは例年以上に引きこもっていた。
なんかもう、全部どうでもいいと思っていた。暑い。働きたくない。何もしたくない……その繰り返しだった。
当時東京で3年交際し、同棲している人がいたのだが、終わりが始まっていることは自覚していた。酒癖が悪い。金銭感覚が違う。笑いのツボが違う。優しいけれど、優しいだけ。
結婚するつもりだった。しかし彼と一緒にいる時間、自分らしくいられない自分に気づいていた。終わらせるきっかけを無意識に探していたと思う。
そのきっかけは、夏が来る前、既に巡り合っていたのだけれど。
高校の同級生をSNSで見つけて覗いたら、なんだ、この人。気になる
まだ少し肌寒いくらいだった頃。SNSで、顔見知り程度の高校の同級生を見つけた。
公開アカウントだったため、少しだけ覗いてみる……つもりだったのだが、なんだ、この人。変わった人だな。気になる。いつの間にか投稿全てを遡って見ていた。
ふと我に返り落ち着きを取り戻す。一息ついたところで、迷うことなく「フォローする」の文字をタップした。この時点で既にわたしは彼に対して何らかの感情を持っていたし、今後起こるであろう「何か」をどこかで察知していたと思う。彼の投稿にコメントをしてみたが、返事はなかった。
そして夏が始まった頃に3度目のコメント。初めて彼が返事をくれた。「ごめん、使い方よくわかってなくて(笑)」と、これまで無視してしまっていたことを謝ってくれた。
そんなことはどうでもよかった。自分を覚えていてくれたこと、話をできていることが素直に嬉しかった。
好きな音楽の話をきっかけに連絡先をゲットし、仕事終わりに頻繁に連絡をとるようになっていた。毎日話したいことがあった。彼と会話する時間は、一番落ち着くものだった。
帰省を決めた日、迎えをお願いすると8年ぶりの再会があっさり決定
そんな日々を2ヶ月ほど過ごしたある日曜日。ああ、もう限界だ、一度帰省して母と話がしたい……そう思い、急遽2日後から始まる連休で一時帰省することにした。
しかし、例のウイルスのこともあり実家には帰れず、空港から少し離れたビジネスホテルに泊まることになった。母とはその次の日に会って話を聞いてもらうことになった。
帰省を決めた日、彼にあるお願いをしてみた。
「迷惑やけどもし帰るって言ったらさ、空港からホテルまで送ってくれる?」
「急すぎ(笑)でも全然迷惑じゃない!むしろ会えるの楽しみ」
あっさり決まってしまった8年ぶりの再会。「商業科らしく、会ったらまず好きな勘定科目、せーので言い合おう」と彼は言った。こういうところがもうたまらなかった。全神経が彼の言動に向かっているのがわかった。
そして、再会の日はすぐにやって来た。
彼には隠さず本心を全て話せる。不思議だったがどこか納得もしていた
「8年ぶり!」
この言葉を皮切りに、彼の運転する車の中でわたしたちはひたすら話し続けた。
途中ホテルにチェックインし荷物を置いた。夜も遅い。彼は帰らないといけないはず……でも帰ってほしくない。そう思っていたところで彼が「帰りたくない。散歩でもしない?」と言った。同じ気持ちでいられたことが嬉しかった。
歩きながら彼は聞いた。
「今、つらい……?」
わたしは答えた。
「ちょっとね」
強がりではない。本心だった。つらいことよりも、今彼といられるという事実、その嬉しさが上回っていた。
彼には隠さず自分の全てを話すことができる。不思議だったがどこか納得もしていた。
わたしたちは似ているのだ。何も考えなくても、駆け引きなんてしなくても、心から繋がれていると感じられていた。
横断歩道で彼の手を握った瞬間、気持ちが溢れた。きっと愛ってこれだ
どのお店も開いていない商店街を抜けた後。押しボタン式の横断歩道の前。歩き疲れた彼はその場にしゃがみ込んでしまった。
夜中だから車も人も通っていなかったが、わたしはボタンを押した。信号が青になる。先に歩き始めたわたしが振り返ると、彼は座ったままわたしに手を差し出してきた。しょうがないな、と言って彼の手を握った、
その瞬間。初めて彼に触れた瞬間。これまでの全てが繋がる感覚がした。気づかないふりをしていた気持ちがどんどん溢れて来るのがわかった。
きっと、愛ってこれだ。
一生彼を見ていたい。あなたの前でだけ素直になれるわたしを、一生見ていてほしい。
あの夜、あの横断歩道、点滅する信号を見て彼の手をとり少し走りながら、
「自分を取り戻そう。幸せになろう」
そう思った。
彼は数字が好きだ。大事なイベントは自分が好きな数字の日にしたい。よくそう言っていた。あの夜から1年、また夏がやって来た。
3の6乗の日、わたしは彼からのプロポーズを受けた。
そして来たる2の10乗の日、わたしは彼の名字になる。
わたしの人生は変わった。愛を知った。あの夜があったから。