匂いでまわる自分の日常。そんなめんどくさい自分がちょっと好きだ

私は、わりと匂いに敏感な方だと思う。雨降りがやってくるのは、風の匂いですぐにわかる。季節の変わり目も、草木の匂いで感じる。
敏感だからなのか、こだわりも強い。香水は、季節ごとの旬にあったものを身にまといたい。今年の夏は、フレッシュなグレープフルーツ、秋は金木犀をといった感じに。寝る時には、森林の香りのルームフレグランスを香らせる。

匂いで回っているところがある日常を、私自身が少し煩わしいと思う時もあるけれども、そんなめんどくさい自分がちょっぴり好きだったりもする。
気持ちをワクワクさせてくれる好きな匂いはいっぱいある。その中でも、私の愛する特別な匂いは、彼の部屋の匂い。ヒノキ独特の陽だまりのような、温かい匂い。
この匂いが私にとって特別であるのは、大好きな人の匂いだからという理由だけではない。
それは、最近飛び出した実家の匂いとよく似てるからだ。
愛しい匂いだけれども、それは、悲しい気持ちも呼び起こす。

ただ私の幸せを願う母とぶつかる毎日。私は実家を飛び出すことに

最近、私は実家を飛び出して、一人暮らしを始めた。きっかけは、母とぶつかりあいに疲れてしまったからだ。
1年ほど前に、彼とこれからの人生を共に歩みたいという気持ちを母へ打ち明けたことで、今まで当たり前のように過ごしていた生活が変わってしまった。
泣く母の第一声は、「あなたは幸せになれない」という言葉。

彼のバックグラウンドを理由に認めてもらえず、この案件では、ぶつかり合うことばかり。
私にただ幸せになってほしいという母の愛を感じながらも、私も頑固さゆえに歩みよることができない。母はいつかきっと分かってくれる、応援してくれるだろうという期待感から、何度も会話を重ねてみた。

けれども、母のいう私の幸せと、私が考える私の幸せは重なることはなかった。
だんだんと、彼のことに限らず、何かとお互いに意地を張りあい、傷つけあうだけの時間が増えた。
1年ほど頑張ってみたものの、進展しそうもないこの状況にたまらず、私は家を飛び出した。

「逃げ」「自分勝手」といわれてしまうかもしれないが、時間が解決してくれることもあるかもしれないと、距離を置いて、今はこの悲しい気持ちも心の底に沈めて忘れようと決めたのだった。

彼の部屋に行くたびに感じるのは、私を離してくれない愛おしい匂いだ

けれども、彼の部屋に行くたびに感じる、私を離してはくれない愛おしいこの匂い。私の心の底から、すうっと悲しい気持ちを起き上がらせるこの匂い。
私の人生なのだからと、いっそのこと母のことはすっかり忘れてしまいたい、そんな気持ちもあるけれども、そう簡単にはさせてはくれない。

「大好きな彼の部屋の匂いと、実家の匂いが一緒なんて……」と皮肉に思った。私はきっと人間の本能的に翻弄されていて、ほっとできる場所の匂いを嗅ぎつけては、こうして彼に引きつられてしまったのだろうかと切なく思った。

一方で、「それほどに、私にとっては大切な匂いなのだろうか」とも思う。なんだかんだ私は母が好きなのだという気持ちを思い出させる。これが嬉しいような切ないような、なんともいえない気持ちにさせるのだ。

私が彼の部屋で悶々とこんな気持ちを感じていることは、秘密。
もし、彼に打ち明ける時が来るとするならば、きっと母と私が歩み寄れた時になるのだろうか。それまでは、話さない心づもりだ。
この思いを隠しつつ、未だに突破口を見つけられない私は、彼の部屋で、彼とともに同じ時間を過ごす日々を続けている。