色褪せたグレーのシャツ。
友達が乾燥機にかけたせいで色褪せたのだ。
でもなぜこのシャツが思い出に濃く残っているのか。
それは、私が初めて友達に激怒したからだ。
ただ乾燥機にかけられて、色褪せただけでしょ?と思うかもしれないが、ちょっとだけその訳を聞いて欲しい。
看護師の実習に行く友達と、1ヶ月間の共同生活が始まることに…
大学生の頃、一人暮らしをしていた私の家で、友達のS子と一ヶ月だけ一緒に生活することになった。
S子は看護師の卵で、私の家の近くで実習があると転がり込んできたのだ。
もちろん私はそれを快く迎え入れた。
もとはバイト先が一緒で友達になり、そこからプライベートでよく遊んだり、家に泊まりに来たり、会うと毎回笑いが絶えなかった。
そんなS子と一ヶ月も一緒に生活できるなんて、絶対楽しいに違いないと思った。
お互い一ヶ月の共同生活を心待ちに、一緒に生活する間どんなことをしようか、何を作って食べようかなんて、こと細かく計画を立て、半分旅行気分で浮かれていた。
いざ共同生活が始まり、もちろん生活は楽しかった。
新婚の夫婦ではないが、家に帰ると誰かがいてご飯が作ってあったり、今日どんなことがあったかなんて、たまには愚痴を言い合いながら、毎日の生活が明るく感じていた。
ただ、実家暮らしのS子は、洗濯や掃除などの家事が全くできなかった。
今まで何度も泊まりに来ていて、一週間近く家にいることもあったから、私はそれを当たり前に知っていた。
本人もそれを申し訳なさそうにしていたが、私は家事が得意で、一人分増えようがそんな変わらないよと言い聞かせ、家事全般は私がやることになっていた。
好意で回してくれた洗濯機。中にはお気に入りのシャツが入っていた
そしてケンカも何も起きず、ただただ共同生活を楽しんでいたある日、私はバイトで帰りが遅くなり、S子は実習を終え早々に帰っていた。
私が帰宅すると、洗濯機が回っていた。
あれ?洗濯機回した覚えないけどな……と半信半疑でS子に尋ねると、
「帰り遅いかなと思って回しておいたよ!」
と、S子が私を気遣い、洗濯をしてくれていたのだ。
私は素直に嬉しかったし、ありがとうと伝えた。
私の家の洗濯機は乾燥までできるタイプだったので、乾燥までが終わり、洗濯機が止まった。
すると洗濯機の中から、私がつい最近購入したばかりのお気に入りのシャツが姿を変えて出てきたのだ。
しかも、久々にいい服を買おうと奮発したシャツでもあった。
一瞬時が止まり、怒りが込み上げてきた。
「え?なんでこれ乾燥かけてるの?」
「私、洗濯やってなんて頼んでないよね!?」
「洗濯できないならやらないでよ!」
なんて、思いつくままにS子を怒った。
その場は最悪の空気。
S子は「ごめん」を繰り返し、言い訳もせず黙っている。
ワーッと怒鳴った3分後には、私も冷静を取り戻し、この空気をどう変えようかと頭の中で考えていた。
と同時に、S子は善意で洗濯してくれただけなのに、なぜあんなに怒ってしまったんだろうという後悔が出てきた。
友達を失いたくない気持ちから出した決死の嫌味は、二人を繋げた
友達とケンカしてしまうことはごくたまにあったが、一方的に怒ったのは初めてで、正直戸惑った。
そして私が出した答えは、いつもの笑い話に出てくるような、ちょっとした嫌味に色褪せたシャツを登場させることだった。
当時は後悔と戸惑いの中、頭が真っ白で、具体的に何と言ったのかはハッキリ覚えていない。
地獄のような空気の中でまた嫌味を言っても、さらに地獄を招く可能性すらあったが、そうならぬよう笑いながら明るく話しかけた。
するとS子が、
「ほんとごめんね。でもよかった。話しかけてくれなかったら、明日速攻で帰ろうと思ってた」
と、泣きそうな顔をしながら答えてくれた。
そして、翌日にS子が実家に戻ることはなく、無事一ヶ月の共同生活とS子は実習を終え、実家に帰っていった。
今、S子とこの話をすると、
「あの時はほんとに友達一人失ったかと思った」
と笑っている。
私だって同じ気持ちだった。
こんなに笑い合える友達を失いたくないと思って、決死の嫌味だったのだから。
それから私は友達のミスや嫌なところだって、まずは冷静に受け止めようと心がけるようになった。
そうすることで、伝え方を考える時間ができるし、大事な友達を失わずにすむ。
それでも激怒してしまったのなら、
「ごめん、言い過ぎた」
の一言と、軽い嫌味を言ってもいいのかもしれない。
その色褪せたグレーのシャツは、私の濃い思い出とともに今でも大切に着ている。