就活中、空港のプラネタリウムで星を見たら、自分がちっぽけに思えた

空港というのは実に面白い場所である。ひとつの空間に老若男女、様々な目的をもった、多様な国籍の人々が一堂に会する。
そしてそこは、誰かの出発地であり、目的地であり、通過点であり、働く場所である。まさに人生が錯綜する交差点だ。

空港といえば、多くの人は旅行など飛行機を利用するために行くというだろう。日本国内のほとんどの空港は市街地から離れたところにあるし、交通の便を考えるとそうそう気軽に行けるところではない。
そんな空港に、足繁く通っていた時期があった。就職活動をしていた頃である。

就職活動で足繫く通う空港で見つけた、プラネタリウムカフェ

当時客室乗務員志望だった私は、説明会だったりイベントだったり、また業界や企業研究も兼ねて何かにつけ空港へ出向いた。
スーツケースを転がす家族連れやカップルを横目に、リクルートスーツに身を包んで空港を歩いた。展望台に行って次々と離着陸する飛行機を見ながら、制服を着て客室乗務員として働く自分を想像したり、就活が終わったらどこへ行こうかなどと考えた。
ターミナル間をつなぐリムジンバスに乗って、ぐるぐるとターミナルを巡ったりもした。

あるとき、私は羽田空港第3ターミナルにプラネタリウムカフェなるものがあると知った。
ちょうど羽田空港へ行く機会があったので、立ち寄ってみることにした。
空港内を歩き回り、パンプスで少し痛む足を引きずりながら、目当てのカフェへと向かった。混んでいるかと心配したが、幸い平日だったためすぐに席につくことができた。
カフェの規模はさほど大きくなく、頭上にはプラネタリウムを映す半球状のスクリーン、その円周に沿う形で席が設けられていた。
プラネタリウムのため中は薄暗いが、スタッフの方が懐中電灯で足元を照らして席まで案内してくれる。1時間の間に5分から10分ほどのプログラムが流れ、プラネタリウム上映中は室内の照明は落とされるが、合間合間で少し明るくなる。この合間に客の出入りや料理の提供を行うというシステムだ。時間制限はなく、好きなだけプラネタリウムを楽しめる。

星を眺め宇宙に思いを馳せると、自分がちっぽけなもののように思える

プログラムは季節の星座だったり、羽田からの航路がある都市の星空だったり、可愛らしいアニメーションのようなものだったと記憶している。私は、久しぶりに星を見た気がした。
夜でも街が明るく、高層ビルも多い東京では、あまり星空を見なかった。少なくとも、満天の星空と表現するに値するものはしばらく見ていなかった。
プラネタリウムといえど、久方ぶりに見た星空に私は感動した。季節の星座の物語に、小学生の頃に読んだギリシャ神話を思い出した。
そうだ、私は星が好きだったと、就職活動に忙殺されて見失いかけていた自分を少しだけ取り戻したような気がした。
星を眺め、宇宙に思いを馳せると、自分がちっぽけなもののように思えてきた。当時の私は、就職活動に卒業論文と板挟み状態で頭を悩ませていたが、そんなことにいちいち悩んでいるのがあほらしくなるくらいに、プラネタリウムで見た星空は美しかった。

自分を改めて見つめ直す機会をくれたあの星空は、私の記憶の中だけに

結局私は客室乗務員にはなれなかった。だが、悔しさはそれほどない。
客室乗務員志望でなければ、あれほど空港へは通わなかったし、あのカフェに行くこともなかっただろう。旅先で写したどんな景色や食べ物よりも思い出として私の心に深く残っているのは、羽田空港第3ターミナルのプラネタリウムカフェである。
疲れた心に癒しを与えてくれ、自分を改めて見つめ直す機会をくれたあの星空。写真も動画も音声も残ってはいない、私の記憶の中にだけ存在し続ける思い出だ。