別に彼女がいたから好きになったわけじゃない。「奪いたい」とも「別れてほしい」とも思ってなかった。
ただ贅沢を言えばもう少しこのまま、「私たちの関係っていつから始まったんだっけ?」と、わからなくなってしまうくらいまで変わらない関係でいたかった。
彼女と別れたと聞かされた日、本当は今日も会いに行こうと思っていた
彼には信じられないほど長く付き合っている彼女がいた。その関係はマンネリしていて、別れ話をしたことも何回かあるけれど、毎回彼女に引き止められるらしかった。
どうやら彼女の方が、彼を好きで仕方ないみたいだった。
きっとそれは嘘ではないのだろうけれど、結局彼も強く突き放すほど相手を嫌いになるわけでもないし、現状を大きく変える勇気も思い切りもなかったのだろう。
友人としてそれなりに長い付き合いだから、彼の性格はなんとなく知っている。この人はどうせ別れないと安心していた。
しかし、寝る前に彼を思い出すようになってしまってから1ヶ月が経とうとしている頃、「彼女と別れた」と電話越しに聞かされた。珍しく元気がない声だった。
釣った魚に餌をやらなすぎる彼に痺れを切らし、ついに彼女の方から別れを切り出してきたのだという。
電話の向こうで「ヨリを戻すために頑張ろうと思う」というふざけたセリフが聞こえた。大人の顔色を伺う子どもみたいな言い方だった。
私は「そういうことなら応援する。もう会わないよ」と、こちらも随分ふざけたセリフを言った。
本当は今日も、電話を切ったら終電で会いに行こうと思っていた。
「あーあ、好きだったのにな」
思い切って呟いたら「ありがとう」という言葉が返ってきて、心臓がヒュンと冷たくなった。
彼はそれに気がつくかのように「まあでも、今日も会おうよ(笑)」と堂々と付け足した。
「万が一のことがあったら彼女とは別れるよ」。私には充分すぎる言葉
こんなときに思い出したのは、彼に「アフターピルを飲んでくれないか」と言われたときのことだった。
病院代はもちろん出すし、受診にも付き添う。副作用があったら俺の部屋で休んでいいし、なんなら具合が悪くなくても部屋にいていいよ、みたいなことを言われた。
私は生理痛緩和のために低用量ピルを飲んでいたけれど、あの人の困っている顔がなんだか可愛く見えて、言うのをやめた。
「アフターピルはヤだよ。私たちの子どもなんてきっと可愛いと思うよ」
ふざけて真剣に話そうとしない私に、彼は半分呆れたように「もし万が一のことがあったら彼女とは別れるよ」と言った。
さびしくて愚かな私が悦びと優越感に浸るには、充分すぎる言葉だった。
思い返せば、多分このときの私たちが1番"旬"だった。
旬の時期にもっと素直になっておけば幸せになる未来とかあったのだろうか。ふと考えることがあるけれど、そんな未来は絶対にないと私は知っている。
そもそも、私は彼女の座を狙っていたわけではなかった。マンネリ彼女を放ったらかして他の女に刺激を求める男と付き合いたいとは思っていなかった。
だから、もしも彼が自ら彼女と別れて私のところに来てくれていたとしても、私は幸せにはならなかっただろう。
彼がマンネリ彼女と付き合い続けること。それが私たちに必要な条件
そして、今の現実。
フラれたあの人の頭の中は今、元カノのことでいっぱいだ。ヨリを戻したいくらいだから、私と浮気してたことを後悔さえしているかもしれない。
これは自分にも似たような経験があるからわかってしまうことだった。
本当に大事な人をおざなりにして、一時の刺激欲しさに流される。失って初めて全ての真理に気づく。
私はこうなることを知っていた。
だから私たちがただ楽しいだけの関係を続けるには、彼がマンネリ彼女と付き合い続けることが第一条件だった。
彼女の席が空いたなら次は私!と、素直に座りたがるには、私はもう色んなことを知りすぎていた。
男と女はそんな椅子取りゲームみたいに単純じゃない。今の私が知っているのは悲しいけど、そんなことだけだった。