私は黒が好きだ。
明確な時期や理由は覚えていない。ただ、クローゼットの中が黒い服で埋め尽くされることになった決定的な出来事は、いわば私の人生の転機と呼んでもいい。

あるロックバンドに心を掴まれた。彼らは私の生活の中心になった

大学生の頃、とあるロックバンドにどハマりした。出会いは本屋で立ち読みしていた音楽雑誌。パラパラ流し読みしていると、モノトーンの服を着こなしたメンバーが、ポーズを決めているページがあった。全く知らないバンドのその写真に、ページを捲る手が止まった。

黒のライダースジャケットに白のTシャツ、黒のスキニーパンツ、黒のレースアップブーツ。「THE・バンドマン」なそのコーディネートが、当時の私には新鮮で、あっという間に心を掴まれた。

その場でバンド名をネットで検索し、YouTubeでミュージックビデオを発見し、すぐさまイヤホンを装着してその場で見た。

なんてこった。めちゃくちゃお洒落やないか。
今まで聞いたことのなかったジャンルのその音は、私の脳天を撃ち抜いた。

翌日、近所のレンタルショップでCDをあるだけ借りて、ひたすらに聴いた。店にないものは買ったし、YouTubeも見漁った。そして未知の世界だったライブハウスに足を踏み入れ、ずぶずぶと沼に堕ちていった。

彼らを追いかけ西へ東へ、大学生活の大半を費やした。
そんなこんなで気が付くと、服や身の回りのものがほぼほぼ黒に染まっていった。
元々ファッションは好きだったし、日によって色々なジャンルの服を着ていたが、ロック・モードテイストの割合が格段に増えた。彼らは私の生活の中心になった。

「何その服、もうちょっとちゃんとしなよ」なぜ私は怒られている?

ある日、仲の良い女友達に誘われて、地元の男子含む数人で遊ぶことになった。私に関しては、男子達と学校を卒業してから関わりがなく、ちょっとした同窓会みたいなものだった。

その日私が着て行ったのは、黒の膝上くらいまであるオーバーサイズのカットソーに、黒のロングスカート。お気に入りを着て気分良く集合場所に向かうと、久しぶりに会った女友達が開口一番私に言い放った。

「何その服、男子もいるんだからもうちょっとちゃんとしなよ」
はて。私はなぜ怒られている?

彼女の言いたいことは理解できる。もっと綺麗な色味で、男受けを考慮した、可愛らしい格好をすべきだと考えているのだろう。

わかる。わかるよ。私だって意中の人がいるのなら、それなりに綺麗めな格好をするし。
でも男子達には悪いけど、今回はそういうつもりで来てないし、だったらその配慮は必要ない。

そもそも「ちゃんとする」とは何だ。これは正装だ。うるせぇ、服くらい好きなもん着させろ!!!

とはいえ、誰に対しても“女”でいようとする彼女の努力は讃えたい。そこは否定しないししたくもない。それと同じで、私の服装に文句を言う権利は誰にもないのだ。

共感しろとは言わない。こいつ変な服着てんな、と思ってくれて結構。
ただ、「自分には理解できないけど、この子はこういう服が好きなんだな」と思ってくれたらいい。認め合っていこうや。

お気に入りの服はたくさんあるが、特に印象深いのは、黒のファーコート。お尻がすっぽり隠れるくらいの着丈で、ファーの毛は長め、フードも付いていて、「強そう」という理由で正月のセールで買った。

早速成人式の二次会に着て行った。受付をしていた男子に「デスノートのリュークみたい」と言われた。思わず「誰が死神や!!」と突っ込んだ。我ながら良い突っ込みだったと思う。

もちろん彼に悪気はなかったし、むしろ場が和んで、その後話しやすくなって助かった。「魔女」とか「鴉」とか「黒魔術使えそう」とか。どういうつもりで言っているのかは知らないが、私にとってそれらは褒め言葉なのだ。

ファッションなんて自己満足。好きを大切にしながら生きていきたい

そしてその通称“死神コート”は、それ以降着る機会がなく、クローゼットの奥の方で眠っていたが、ここ最近になって突然出番がやってきた。推しているアイドルが似たようなファーコートを着ていたのだ。

ここぞとばかりに、数年ぶりに引っ張り出してライブに着て行った。ごつめのハイヒールと合わせたら、会場にいる誰よりも強くなれた気がした。そして、巡り巡ってそのコートとまた会えたことを嬉しく思った。

所詮ファッションなんて自己満足でしかないと私は思っている。他人にどう見られたいか、それだって結局は自分の為だ。
私の場合は、自分の心が躍るファッションを身に纏っていたい。そんな自分が好きだし、それが私の幸せだから。ただそれだけだ。

私の目標は、ド派手なハイヒールを履きこなすおばあちゃんになることだ。何歳だろうと、性別が何であろうと、自分の好きなものを堂々と好きだと言える人はかっこいい。
そんなふうに、自分の“好き”を大切にしながら、これから先の人生を生きていきたい。