あのときの気持ちは、振り返った今でも名を付けられない。ただ、“恋”というありきたりな言葉で片付けたくはない、とても大切な時間だった。
私たちの間で、「友情は絶対に守る」という暗黙の約束ができていた
彼とは高校生のときに出会った。背がすらっと高く、顔も整っている彼は、高校の頃から女子の話題の中心だった。
たまたま同じバスケ部で意気投合し、お互い恋人がいるときも変わらない距離感で話せる、最高の異性の親友だった。高校を卒業した後の春休みから急激に距離が縮み、二人で出かける頻度も多くなった。
高校時代、男女の友情は成立しないと思っていた。けれど、彼は他の男子とは違っていて、私の中ではとても大切な存在だった。
私が「仲良かった友達に告白されたら、なんか少し寂しいよね。その後友達関係に戻れないしさ」と言うと、「安心して、俺は絶対にそうならないから大丈夫」と彼は笑った。
この友情は絶対に守る。いつのまにか私たちの間で、暗黙の約束ができていた。
大学に入っても私たちの仲は相変わらずだった。たまたま同じ大学の寮だったため、よく一緒に出かけたり、飲みに行ったり、大学に一緒に登校したりもした。バイト先のまかないケーキを口実に呼び出しては、夜な夜な待ち合わせ室で語りあった。お互い恋人はいなかったが、思い返すとまるで疑似恋愛のような時間を過ごしていた。
「今日もバイトお疲れ様」
頭を撫でてくる彼に対して、少し心臓が高鳴る。優しくて、どこか高橋一生似でかっこいい彼は、恋人に接するような態度をよくとった。無自覚で少女漫画の主人公のようなことをする、いわゆる天然たらしだ。
「こうやって女の子を口説いてるのか!やるようになったね~」
私は軽く受け流しながら、自分の気持ちに蓋をして気づかないふりをした。だって、友達を失いたくないから。私たちの関係性は、友達以上恋人未満だから。
大学2年以降私は一人暮らしを始め、ある日彼が家に来た
そんな私たちの関係は、大学2年の始まりにあっけなく終わりを迎えた。私は1年で退寮し、一人暮らしを始めた。彼といつものように出かけた後の帰り道に、家に遊びに行きたいとお願いされた。少し嫌な予感がした。そして、私の嫌な予感はよく当たる。
どこかで友達だから大丈夫だろうと信じて、彼のお願いを断らなかった。缶チューハイをいくつか開けて、ほどよく酔いが回った頃、彼がゆっくりと告げた。
答えがとっさに出なかった。頭の中が混乱し、ぐるぐると感情が渦巻く。男女の友情。恋の末路。どっちつかずな自分。決意がぐらりと揺らぐ。
「ごめん、ちょっと考えさせてほしい」目線を合わせないように私は言った。
どんな恋にも終わりがある。いろんな人と付き合ってきたからこそ、彼とはどうしても恋仲になれなかった。誰よりも仲良くしてくれた友達だから。恋人関係が破綻したときに、失いたくないと思ったから。
翌朝、彼の告白をお酒の勢いでなかったかのように流し、私は彼と連絡を絶った。
私は「不確かな未来」におびえて、彼を傷つけてしまった
社会人になってから1度だけ、ひょんなことから2人で飲みに行った。相変わらず優しくてかっこいい彼と昔話に花が咲き、終電ギリギリまで飲んだ。
帰り際、酔いを覚ましがてら公園を歩く。「俺からはじめての告白だったのにな」ぽつりと彼が口にした。
「あのとき付き合っていたら、意外とうまくいってたかもね」過去の罪悪感から逃れようと、軽口をたたきながら振り返ると、抱きしめられていた。
「どうしたの?まさか酔った?」内心ドキドキしているのがバレないように、慎重に言葉を選ぶ。分厚いコート越しに彼の鼓動を感じた気がした。
「酔ったかもね 」ぽつりと彼が言った。
なんであのとき、私は答えてあげられなかったのだろう。不確かな未来におびえて、彼を傷つけてしまったのだろう。
「終電なくなっちゃうから急ごう!」彼の抱擁からするりと抜け出し、駅への道を急ぐ。
熱を少し帯びた頬を、冬の冷たい夜風が優しくなでた。
結局彼とはその後、疎遠になってしまった。恋人になった先の別れを恐れて、私は親友さえも失ってしまった。あの夜、彼がどのような表情だったのか、今では知る由もない。
ただ一緒に過ごした時間は、ありきたりな言葉でラベリングせず、今でも胸の奥底にそっと置いている。