冬の澄み切った空気が頬に触れた。無数の光で溢れた世界が目の前に広がっていた。
当時、付き合っていた彼と年末のハウステンボスに行った時の記憶だ。
夢みたいな夜景に対する高揚感とともに、何とも言えないもやもやした感情が現れた。もやもやした感情は漂いながら、心の奥底に沈んでいった。

自分でもコントロールできない不機嫌を彼にぶつけてしまった

当時のわたしを振り返ってみると、平日は大学の実習に追われていた。
休日は飲食店のバイトを詰め込んでいた。そして、友人や家族にまつわる悩みまで抱えていた。はっきり言って、時間的にも心理的にもキャパシティを超えていた。
でも、普段は何食わぬ顔でせわしない日々過ごしていた。「つらい」だなんて口にしたら、挫けてしまいそうな気がしていた。
心の中で処理しきれない感情は、不機嫌という形になって溢れていた。そして、自分でもコントロールできない不機嫌を彼にぶつけてしまうことが多かった。

余談だけど、当時の日記には「要らないもの捨てたい。彼氏もバイトも全部消えろ」と書かれている。昔のわたしにそっと耳打ちできるなら、「とりあえずバイトを辞めたら」と言ってあげたい。

感情は乱高下しながらも、旅行前日はネイルでテンション最高潮に

彼の提案でハウステンボスに行くことが決まった時は、わたしだって楽しみにしていた。でも、純粋に旅行を待ち遠しく思う気持ちは、だんだんとかげっていった。
ジェットコースターみたいに乱高下を繰り返す感情。冷静に考えれば、学業やバイトのストレスも、友人や家族関係の悩みも、彼と直接的な関係はなかった。そんなの当たり前だ。
でも、当時のわたしは上手くいかないことを因数分解せずに、不満を丸ごと彼にぶつけていた。
彼はわたしの不満のサンドバッグみたいになっていた。その代表が別れる詐欺だった。上手くいかないことが重なって、いっぱいいっぱいになると「もう別れる」と言っていた。旅行前にも「もう別れる」を連呼していた。
瞬間的に沸騰して、口をついて出た言葉。後悔したところで、一度放った言葉をわたしの中に戻せるわけじゃない。

自分の感情の乱高下に振り回されながら、旅行前日を迎えた。めったにすることのなかったネイルを塗ってもらって、テンションは最高潮だった。
光沢感のあるピンク色の指先を満足気に見つめた。銀色のラインストーンで形作られた花がきらりと光った。

闇を追いやってしまうほどに勢いのある無数の光に、私の心は

そして、旅行当日がやって来た。彼の運転する車で長崎へ向かった。
遠足気分のわたしは助手席で、おやつのヨーグレットに手を伸ばした。爽やかな酸味が口中に広がっていった。遠足のスケジュールは順調に進行し、午後にはハウステンボスに到着した。きらびやかなクリスマスツリーや甘い香りを放つチョコレートファウンテンに心が踊った。

夜が更けてくると、街全体が次第にライトアップされていった。
闇を追いやってしまうほどに勢いのある無数の光。色とりどりのイルミネーションで視界が埋めつくされた。夢みたいな夜景で心も満たされた。
目に焼き付けるだけでは何だか不安だった。iPhoneできらきらした景色を何度も切り取った。幸せな瞬間を忘れてしまわないように。

同時にもやもやした感情と向き合っていた。もやもやした感情は後悔だった。
どうして軽はずみに「もう別れる」なんて言ったのだろう。
どうして彼に悲しい思いをさせたのだろう。
後悔は心の奥底に沈んでいった。