今まで私はたくさんの人に憧れてきた。
よく喋る親戚のお姉さん、気が強いクラスメートのお姉ちゃん、Tシャツとデニムで飛び跳ねながら歌う歌手、ショートカットで白い肌の女優。魅力的な人が世界には溢れていた。
いいなあ。可愛いなあ。あんな風になれたらなあ。
憧れているという自覚がその時にはなかったけど、ぼんやりと思っていた。
はっきりと「あぁ私、今、憧れている」と解ったのは、彼女を見た時だけだ。

見た目が好きだと思ったのは最初だけで、すぐに見入った彼女の存在

気になっていた劇団の舞台を観に行った。
元お笑い芸人さんが主催している劇団だった。
ずっと前に一度観たことがあって、面白かったので名前を覚えていた。
人がぎゅうぎゅうに押し込まれた小劇場。
すぐそこだけど別世界の舞台の上に、ライトを浴びながら現れたのが彼女だった。
スポーティーなショートカットで、まだあどけない顔をしているように見えるが、少し低い声がよく響き渡っていた。
「あ、あの子可愛いな」と思い、ジッと見つめた。
そこから幕が下りるまで、目が離せなかった。
見た目が好きだと思ったのは最初だけで、後はもう彼女の存在に見入ってしまった。
セリフがない時も、他の役者の見せ場の時も、ライトが当っていないのにいつでもど真ん中に立っているように見えた。
彼女が少し悲しそうに目を伏せただけで、私は心臓を強く掴まれたかのように苦しくなった。
舞台上のライトが消えて客席が明るくなり、隣に座っていた人が動きだしても、何も終わっている感じがしなくて動けなかった。

涙を流しながら話す私に距離を空けずに「ありがとう」と返してくれた

いつまでも座っている訳にもいかなくてようやく立ち上がると、出演者達がお見送りのために通路に立っていた。
この時にどんな顔をして通ればいいのかいつも分からない。
「ありがとうございました」と一人一人頭を下げてくれるので、私も「あぁ」とか「はぁ」とか「ありがとうございました」とかボソボソ言いながら通り過ぎる。
何人か過ぎたところで彼女もいた。
目が合うと、もう止まらなくて、「良かったです、あなたのお芝居本当に良くて」と涙をドバドバと流しながら話しかけてしまった。
小さい頃に、テレビで告白をしようとするが涙が出てきてしまい、上手く話せない青年を見て、「純情アピールかよ」と馬鹿にした記憶があるが今なら分かる。
好きな人に好きだと言うと泣けてくる。
当然彼女は驚いた顔をした。でも距離を空けることなく「ありがとう」と返してくれて、上京してきて最初に出た舞台だと教えてくれた。

舞台は世間からみると不要不急になるらしく、公演が全て中止に

一発目で急に涙ぐっしょりの見知らぬ女に話しかけられて、もしかしたら内心「初っ端からヤバイの来たな」と思われていたのかもしれないが、その後も欠かさずに出演している舞台を見に行くと、毎回終演後に笑顔で名前を呼んでくれて話をしてくれた。
どの舞台でも彼女のお芝居は私を痺れさせ、誰かや何かの背景になることなく、スポットライトを浴び続けていた。

お芝居を見て心を動かされ、花束を渡し感想を言って、ありがとうまた観に来てねと送り出されるのを何回か繰り返し、ずっと続くものだと思っていた。

世間一般から見ると、これは不要不急なことらしい。
告知されていたものは全て中止になった。
大きいものも小さいものも端から端までなくなった。
ほとんどの人が生きるだけで精一杯で、少し先の未来さえどうなるか見えなかった。
それでも何かあればいつでも行きますという気持ちで待った。

映画出演のお知らせ。彼女にも舞台上にはいない時間が流れていたのだ

しばらくして映画にちょこっと出演するというお知らせを目にした。
勿論観に行って、感想をSNSのメッセージで送った。
すぐに返事が来た。
「全然お芝居にふれられずにくさくさしていたけれど、状況や環境に負けず、また向き合い続けようと思ったよ」
彼女にも、舞台の上にはいない時間がしっかりと流れていたのだ。
それは今までもそうだったはずだ。
まだこれからも芝居と一緒にそばにいるよと言ってくれたようなものなのに、そうではなくなるかもしれないという現実を強く感じた。
とても遠くにいるんだなと気付いた。

いつも最前列で彼女を観ていると思っていた。
本当は違ったのだ。
彼女の最前列にいるのは、何でも話せる友人や、支え合える恋人と家族、あるいは楽しいことや、やりたいこと。
人前で表現をするということから離れた場所に良さを見つけて惹かれていくかもしれない。
そうなると私は彼女に関わるチャンスがなくなる。
だとしても。
私の最前列には彼女がいる。
それだけで、毎日を過ごすには充分だ。