「憧れの人」と聞かれてすぐに思いついたのは、小学生の時の同級生「むーちゃん」だ。
彼女は檀れいに似ていた。スッと細く通った鼻筋、くっきりした二重まぶた。口角が上がった薄い唇にキュッと尖った顎。
なぜか小学生なのに檀れいを知っていた。誰も共感してくれないことはわかっていたので黙っていた。

先生からの信頼も絶大。なりたい女の子そのものだった

むーちゃんはいつも本を読んでいた。爪を噛んでしまうクセで、いつも深爪だった。
直線に切りっぱなしの栗色の髪が揺れる。伏し目がちになったまつげに陽が当たって影ができて綺麗だ。朝ドラに出れるくらいの透明感と儚さの少女性、少し大人びた物言い、むーちゃんはわたしにとって、なりたい女の子そのものだった。

むーちゃんは勉強ができる。特に国語の成績が良く、一切噛まずにハキハキと読む上げる音読は、教室で少し感嘆が起こるほど見事だった。
先生からも絶大に信頼されており、引っ込み思案で一人ぼっちの子、一切喋らない子を無理やり「仲間に入れてあげて」と押し付けられていた。そんなことも嫌な顔一つせず受け入れた。

そんな彼女とわたしは正反対だった。体型はぽっちゃりで背が低く、野太くて低い声を気味悪るがられた。成績も何もかもよくない、少し絵が描ける、というアイデンティティだけでなんとか存在を保っていた。特に素行が悪いわけでもないのに、先生にはいつも嫌われていた。
それでも必死に明るくおもしろキャラとして振舞っていると、引っ込み思案で一人ぼっちの子、一切喋らない子を無理やり「仲間に入れてやれ」と押し付けられていた。わたしは不服ながらも受け入れざるを得なかった。

存在していい、と初めてわたしを肯定してくれたむーちゃん

正反対のむーちゃんと仲良くなったきっかけは、そんな大人から押し付けられた理不尽な共通点からだったと思う。
むーちゃんは笑い上戸だ。わたしがふざけるとたくさん笑って、テンションが上がってくると、どんどん早口になる。それでもすごく滑舌がいい。本当に宝塚の娘役になれたかもしれない。
当時実家の固定電話に個人情報を聞き出す電話がかかってくる、という事件が多発した。ミステリー小説も好むむーちゃんは「犯人を見つけよう」と息巻いた。みんなで誰に何時に電話がかかってきたか、何を聞かれたかなど調べ、調査と称して放課後に街を探索した。
「わたし、こんなにわいわいしたことないよ!さぐちゃんと仲良くなってからだ」
先生に嫌われているひょうきん者崩れのわたしが、存在していい、と初めて肯定された。

しかし、こんな穏やかな毎日が一瞬にして崩れてしまう。
ある日、学校に行くと、いつも通り本を読んでいるむーちゃんに話しかけた。
むーちゃんの本を読んでいる時の集中力は凄まじい。一旦無視された。でも、今日はいつもと雰囲気が違う。わたしへの嫌悪感を感じた。

気のせいかもと思い休み時間に話しかけても、放課後に話しかけてもこれでもかという嫌悪感剥き出しのむーちゃんがギロリと睨むだけで一言もわたしと喋ってくれないのだ。
「何か嫌がるようなことをしたのかな?」
当然、心当たりはなかった。

ここで挫けたら、一生むーちゃんと話せなくなる気がして

来る日も来る日もむーちゃんに話しかけ続けた。来る日も来る日もむーちゃんはわたしを無視した。悲しかった。それでもここで挫けたら一生むーちゃんと話せなくなる気がして、わたしは話しかけるのをやめなかった。
わたしの我慢強さも限界を迎え始めた頃、むーちゃんがわたしのところに来た。
「わたしの悪口言ってたんでしょ!ミーナから聞いたんだから!違うって思ったけど信じられなくて、それでも話しかけてくるさぐちゃんを見てもう悲しくてわかんなくなっちゃった!」と持ち前の滑舌で捲し立てると、ポロポロと泣き出してしまった。
ミーナとは、むーちゃんと同じ団地に住む幼馴染。口が悪く、噂好きの嘘つきで有名だった。

「わたし、そんなこと一切言ってないよ。信じてもらえないかもしれないけど……でも悲しい気持ちにさせてごめんね。わたしもずっと寂しかったよ」
「そうだよね。本当にごめんね!ずっと無視してごめんね。わたしも辛かったけどさぐちゃんの方が辛かったよね。ごめんね」
「いいよ。これで仲直りでいいのかな?」
「もちろん!」

信じていた友達が、実は裏で悪口を言っていると耳打ちされていた彼女

むーちゃんの弾ける笑顔を久しぶりに見れて、わたしもオロオロと泣いた。やっとの思いで疑いが晴れ、お互い仲直りをした。

「わたしはね、ずっとさぐちゃんが羨ましかったよ。わたしといてもみんなはしゃいだり楽しそうにしないけど、さぐちゃんがいるとみんな楽しそうにはしゃいでる。わたしはそんな風にできないもん。わたしとは少し距離がある感じ。でもさぐちゃんはみんなともっと近くにいれるの」

無意味に先生に嫌われ、成績も見てくれも良くないわたしが、こんなにも正直に人に褒められたのは初めてだった。それと同時に、大人から優等生を押し付けられ、信じていたはずの友達が実は裏で悪口を言っていると耳打ちされていたむーちゃんは、計り知れない孤独を抱えていたんだと理解した。
人に正直に「羨ましい」と言えるむーちゃんは、すごい。むーちゃんに憧れて赤川次郎を読んだりしたけど全然わからなくて、悔しかった。むーちゃんの「好き」を、むーちゃんの「孤独」を、同じ視点で理解したかった。

むーちゃん。
わたしは今文章を書いているんだけど、たくさんの人に見てもらえてるわけでもなければ、お金が入るわけでもない。おまけに無職で能力は低いくせに、プライドだけは高い。有利な実務経験もなければ資格もない。むーちゃんが肯定してくれたはずの「あの時のわたし」は、「今のわたし」にはカケラも残っていないのかもしれない。そしたらむーちゃんはがっかりするんだろうか。それとも笑ってくれるんだろうか。
怖い。
それでも書いている。なぜか、書かずにはいられない。
わたしは諦めすらも、悪い。

わたしを唯一認めてくれた憧れのむーちゃん、いつかあなたに読んでもらえますように。