友人と二人、飲み屋街でナンパされた時のことだった

夜の飲み屋街を友人と二人でフラフラ歩いていると、声をかけられた。

要は、一緒に飲もうと言っているらしいが、それに対応できるくらいの気力はもうなくて、適当にヘラヘラとかわして駅に向かった。

まだ絡まれているらしい友人を背後に感じながら携帯をいじっていると、急に周りが騒がしくなり、ナンパしてきた男たちが真っ青になりながら「頭から血が出てる」と大声で叫んで私を呼び止めた。

強烈なワードに即座に立ち止まって振り返る。これが新手のナンパであれば「もう、立ち止まっちゃたよ、お兄さんの勝ちー」なんて笑えたかもしれないけれど、私の目の前には地面に倒れて頭から血を流す友人がハッキリと映っていた。

友人は頭から大量の血を流しながら、少し微笑んでいた

友人に駆け寄って抱きかかえる。後から知ったが、頭は血が出やすい部分らしく、少しの切り傷でも大量出血するらしい。どんどん溢れてくる血を止めるために肩にかけていたストールで止血しながら友人に声をかける。

「大丈夫?聞こえてる?」
死にかけの人の意識をつなぐためにひたすら話しかけていた海外の刑事ドラマを思い出しながら、友人の意識を戻そうと話しかけるも、酩酊している友人は普通に気を失って、なんなら少し微笑んでいた。

「水買ってきた!」
「救急車呼んだからもうすぐやで!」

たまたま話しかけたらこんなことになってしまったナンパ男二人組に、災難でしたね、くらい伝えたかったけれど、それどころではなかった。道行く人みんながこちらを見て、「大丈夫?」「救急車呼んだ?」とたくさん話しかけてくれる。
「はい、ありがとうございます」「もう救急車来るみたいです」と返事をしながら、道の真ん中で友人を抱きかかえている私はとってもセカチューみたいだなと思った。

友人が付けているMaison Margielaの香水と温かい血の香りが混ざりあって、くらくらした。

緊張の糸が解けた私は、泣きながら電車に乗って帰った

救急隊員はいかにも慣れた感じで友人を救急車まで運び、病院まで付き添うという私に「なんもやることないっすよ」と、ちょっと笑いながら言った。

焦っている人には、いかにもラフに対応しろ、などというマニュアルがあるのかと思うくらいに全員がラフな感じで、一人焦っているのが馬鹿らしくなり、まあ大丈夫なのかと私も少しずつ落ち着きを取り戻した。「ラフさに負けちゃったよ、救急隊員の勝ちー」とはさすがに言わなかったが、心の中で感謝をした。

落ち着いてみると、私の足には大量の血がついていた。「このまま帰るとみんなびっくりしちゃうよ」と笑いながらウエットティッシュで私の足を拭く救急隊員を見つつ、旦那に遅くなると連絡を入れる。

帰り道の電車に乗った瞬間、緊張の糸が解けたように目から涙が溢れた。
怖かったし、まだ不安だった。旦那に今日あったことをラインで報告しながらずっと泣いた。ボロボロ泣きながら電車に乗ることに抵抗がない訳ではないが、本当にどうでもよくて気にせずに泣いた。

香水の香りは、今でもあの時の記憶を呼び起こす

最寄り駅に着くと、買ったばかりの折り畳み自転車に乗った旦那が勢いよく登場し、「このチャリめっちゃ乗りやすい、乗ってみ」と言われ、私は泣きながら折り畳み自転車に乗って「ほんまや、乗りやすい」と真顔で言いながら、しばらく自転車に乗り続けた。

やはり私が知らないだけで、焦っている人には、ラフに対応すべきだというマニュアルがあるらしい。その後も旦那は私の涙に一切触れてこず、いつの間にか涙は乾いていた。

帰宅をしてシャワーを浴びようと、着ていた服を脱ぐ。黒色の服を着ていたから気付かなかったが、私の服にも血はしっかりと染みていたようで、薄水色だった下着が真っ赤に染まっていてぞっとした。
目視してから初めて、自分がとっても血生臭いことに気付く。血が染み込んだ服を洗濯機に放り込み、いつもより多めの洗剤を入れて洗った。

翌日、乾いた服を確認するも、血がたっぷり染み込んだ服は少しばかりバリバリした手触りになっていて、さらに友人が付けていたMaison Margielaの香水と温かい血の香りのマリアージュが強烈に残っていた。バリバリの素材を撫でながら、くらくらする。

あれから何年か経ったが、あの時の友人は今でも元気にやっている。
今となっては笑い話で、だけどあれ以来、私はMaison Margielaの香水の匂いを嗅げなくなった。通りすがりにふんわり香ることがあるが、相変わらずくらくらする。
幸いにも、温かい血の香りは、もう忘れた。