人にとってはとても小さなことかもしれないが、心に残っている小さなわだかまりがある。
高校生の時だ。いつものように遅刻しかけていた私は、家の最寄り駅まで走っていた。
途中にある、少しめんどくさい交差点を何とか1発で通過し、地下鉄に入り込む。改札口をそのまま通ろうと通学バッグに手を伸ばしかけた途端、気づいたのだ。
ない。定期券がない。

私の心は遅刻しそうな焦燥と定期をなくしたことへの焦りで二重に動揺

カバンから外してしまったのか。いやそんなことはあり得るはずがない。
だって前日も学校だったし。その後、別段遠出する用事なかったし。だから通学カバンから定期券を外すなんてことはあり得ないのだ。
私の心は遅刻しそうな焦燥と定期をなくしたことへの焦りで二重に動揺していた。しかし、何とか冷静になろうと頭をフル回転させていたところで気づく。
私の定期券は紐型のストラップでバッグの持ち手に括りつけられていたのだが、その紐の部分はバッグに付いたままだったのだ。ストラップから下の定期入れの部分がごっそりなくなっていた。ということは、定期券をそのまま道端に落としてしまった可能性が高いのだ。
当時、定期券は一応バッグの内ポケットに入れていたのだが、走っているとよくポケットから飛び出し、顕わになることが多かった。
ポケットから飛び出した時に落ちてしまったのだろう。私はそう仮定し、来た道を戻ることにした。

遅刻だ。定期券なんてあるのか。最悪なシナリオを頭の中で描く

朝からJKの格好をしたやつが、腰をかがめて移動している。周りからは不審者にしか見られなかっただろう。そんなことよりも私には遅刻がかかっている。
当時、私はクラスメイト2人を含めた3人で「チーム遅延」などという不名誉な称号を賜っていた(この「チーム遅延」にも逸話があるのだがそれはまた別の機会で)。とにかく私はチーム遅延から脱するためにも学校に間に合わなければならなかったのである。
サラリーマンによる昼人口が多い私の地域はまさに通勤時間ドンピシャ。地上に出ると人で溢れかえっていた。少しめんどくさい交差点に捕まり、普通の信号機よりも少し長い時間を待たされる。
ヤバい、これは遅刻だ。間に合う気がしない。というか定期券なんてあるのか。普通にどこかに蹴っ飛ばされて車道に出ちゃって、車の下敷きかなんかになってるぞ。
信号待ちをしている間、最悪なシナリオを頭の中で描く。やっと青信号に変わり、私は地面を凝視しつつ、急いで家までの道のりを歩いた。ところが、私は意外な場所で定期券を発見するのである。

工事現場で見つけた定期券。現場の方にお礼を言いたいのだけれど

そこは工事現場だった。それも交差点を渡り切ってすぐの所にある場所で、これから解体作業が行われる予定だったはずだ。その日はまだ作業が行われていなかったからか、工事現場特有の囲いがなかった。私の定期券はその現場の中にあったのだ。
登校途中に工事現場にわざわざ入ったという訳ではない。私の定期券がカラーコーンで囲まれていたのだ。おそらく現場の方が定期券を発見し、中で保護してくださっていた。
本当はお礼を言いたかったのだけれども、生憎現場の方々はその場にいなかった。とにかくまずは学校に間に合うことが先決だ。申し訳ないが、私はその場から黙って自分の定期券を取り、学校に登校した。遅刻は免れた。

下校時に私はお礼を言おうと工事現場に向かった。しかし、その日は部活で遅くなったせいか既に誰もいなかったのだ。まぁ、明日言えばいいか。
しかし、翌日から工事が開始してしまい、中に声がかけられない状態になった。他に何か手があったのかもしれない。だが、当時の私には発想と勇気がなかった。工事はすぐに終わり、私はとうとうお礼を言えずじまいだった。
工事現場の方々がこれを読んでなくてもいい。ただ、読者の皆様が少しでも人の優しさに触れてくれればいいなと思う。現場の方々、いつも街を見守って下さりありがとうございます。