15歳。時間と自由を手にした高揚感でいっぱいだった。私の家は比較的厳しく、そしてちょっぴり過保護だった。例えばそれは、みんなが見ているテレビドラマを見せてもらえなかったり、友達と遅くまで遊んでいると叱られたりする程度のものだった。
でも、私には息苦しかった。「戸川さんは流行を知らないから」。「戸川さんはお母さんと行くんでしょ」。友達からそう言われ、仲間に入れてもらえないときは寂しい気持ちになった。そんなだったから、自由に好きなことをして、友達とも好きなだけ遊ぶことが夢だった。

母が作ったおにぎりではなく、友達と外食するひとときが欲しかった

高校生になると、ついに私はそれを実現した。高校の帰りに通う塾は自習が中心で、自習室に行くという名目でいくらでも自由な時間を手にすることができたからだ。
塾へ行く前に友達とつるみ、毎日のように遊ぶようになった。中学生まで押さえつけられていたものが解放されたような感覚だった。
そして、母の存在は依然として重たく感じていた。母は、私が遊んでいるとは知らず、夜遅くまで勉強するからと、毎日おにぎりを持たせてくれていた。けれど、私が欲しかったのは母が作ったおにぎりではなく、友達と外食するひとときだったのだ。
「友達との外食」。たったこれだけのことが、当時の私にとってはものすごく甘く、魅力的だった。このワクワクするイベントを逃したくなかった私は、おにぎりがあるのに無理して外食し、後でこっそりおにぎりを食べた。
毎日外食なんて、身の丈に合わないことをしていると頭の片隅ではわかっていたのに、見ないふりをしていた。

母が作ってくれたおにぎりを捨てた。自由なはずが息苦しくなった

外食するのは決まって街のお好み焼き店の焼きそばだった。それまでほとんど外食をしたことがなかった私にとっては、気前のいい店主のおっちゃんや鉄板で焼く音とけむりの匂い、家で食べるのとは違う焼きそばの美味しさ、その全てが新鮮だった。
焼きそば屋を出て塾へ向かおうとすると、必ず体がけむり臭くなっていた。私たちは笑いながらいつも消臭スプレーをかけて何とかごまかした。結局、塾の自習室にも煙の匂いは充満しており、周りの塾生たちにはさぞ迷惑だっただろうが、うっとりするほど楽しい時間だった。
ある日のことだった。いつものように外食し、後でおにぎりを食べようと思っていたが、どうしてもお腹がいっぱいで食べられそうになかった。私は悩んだ末に、家に帰る前、駅のゴミ箱におにぎりを捨てた。
その瞬間、やってはいけないことをした、と思った。高揚感がみるみる薄れ、たちまち冷静になった。お金もないただの高校生なのに、なにをしているのだろう。せっかく母がおにぎりを持たせてくれているのに、なぜ私は裏切ることをしているのだろう。
心の中に嫌な罪悪感が膨れ上がり、自由なはずなのにまた息苦しくなった。

罪と背徳と青春のけむりの匂い。忘れられない思い出

私は浮かれていたのだった。数ヶ月前まで家と学校の往復しかしない中学生だったのに、高校に入った途端電車に乗るようになり、お金も持つようになり、自由に行動できるようになった。
それらは私が喉から手が出るほど欲しかったものだったから、手に入った途端周りが見えなくなっていたのだ。夢から醒めて以来、私は焼きそば屋に行かなくなり、真面目に勉強するようになった。
普通に受験し、大学生になり、普通に就職し社会人になった。けれども、お店の前を通りかかり、香ばしいけむりの匂いがするたび、当時の罪悪感と高揚感を思い出す。
今ならわかる。母は私のことを本当に思ってくれていた。でも当時の私はそれを受け止めきれなかった。母の思いをちゃんと分かっていたら、外食なんてせず毎日母が作ったおにぎりを食べていただろう。
でも、当時はわからなかった。そしてわからなかったからこそ、あんなに焼きそばが美味しかったのだ。あの罪と背徳と青春の、けむりの匂い。自分の人生の些細な1ページにすぎないけれど、なぜか忘れられない。