冬、日曜日の朝に珍しく早く起きて駅に向かっているとき、信号待ちでふと道路の向こうにミニスカートをはいて身体を震わせながら朝ごはんであろう肉まんをほおばる学生を見かけて、ああ、東京にかえって来たんだなあと実感した。
ミニスカの学生を見たとき、1か月前まで暮らした国が恋しくなった
いつもは人で溢れている駅前も、今日はぽつりぽつりとしか影が見えない。
東京は人がいなくても街中の情報量が多い。
生まれも育ちも東京で、高校生のころは嬉々として放課後を渋谷で過ごしていたのに、海外から帰ってきてからは人混みが苦手になったし、通勤ラッシュの電車なんかぜったいに乗りたくない。
日曜日の朝で人出もまだ少ないのに、お店の看板や街中にでかでかと掲げてある広告、通り道にまではみ出した陳列されている商品たちの値札まですべての主張が激しくて、早歩きで通り過ぎていくのにいろんな情報が目にはいってくる。
信号で立ち止まってしまえば、街中の騒がしい文字たちに加えて、今度は同じように信号待ちをする人の表情や服装が目に留まる。
そこで冒頭のミニスカをはいた学生を見たとき、なぜかものすごく、つい1か月前まで暮らしていた国が恋しくなった。
そもそも帰国したのはその国にいたのが若干飽きてきたし、東京にいた方が面白いことが起こりそうな気がしていたからなのだ。
自ら望んで帰ってきたのに、突然なにかの拍子に恋しくなることが実はよくある。
それでいつも数か月東京にいたら、今度は違う国に行きたくなるのだ。
海外に行く思いつきがいつも唐突だし、理由もわりと突拍子がない
ただし、恋しくなったからと言って、元いた国に戻ったことはほとんどない。
新しい国にいって、じゅうぶん自分にとって居心地のいい場所になってから、東京にもどる。
そしてまた違う国に行く、これの繰り返しでこの4年間を過ごしてきた。
自分が生まれ育った場所とは違う、家族も親友もいない遠くに、なぜか唐突に行きたくなるし、それが楽しくもある。
海外に行くときは綿密な計画はほとんど立てずに航空券を買ったりするもんだから、周りの人からいつも驚かれる。
思いつきがいつも唐突だし、理由もわりと突拍子がないらしい。
未だに友達が「あのときびっくりした!」と話題に出すのは、私がギリシャに行った時である。
ギリシャ料理を食べたいという不純でもある動機で飛行機に乗った
元々バレリーナを目指してアメリカに住んでいたとき、ニューヨークのギリシャ人がたくさん移住しているエリアで1か月を過ごし、すっかりギリシャ料理に魅了されてしまった。
トマトときゅうりのサラダにかけられたシンプルなのに上質なオリーブオイルと香り高いハーブたち、チーズとほうれん草がぎっしり詰まったパイ、じっくりと煮込まれた牛肉、ぱっとメニューをみても想像がつかないので適当に頼んだ料理のすべてが美味しすぎて、一瞬でギリシャ料理が大好きになった。
アメリカから帰国したあともギリシャ料理の感動が忘れられず、東京中のレストランを探していた矢先に、バレエ学校時代の先輩がギリシャにいることを知った。
しかもなんと、バレエ団と契約できるオーディションもあるという。
そうとなれば行動は速い。すぐにチケットを買ってギリシャに向かった。
当時わたしは膝に大きなけがをしていて、バレエのレッスンはあまりしていなかったにも関わらず、ギリシャでギリシャ料理を食べたいという若干不純でもある動機だけで飛行機に乗ったのだった。
思い立つと、むくむくとその思いが成長して止まらなくなり「あ、ここに行こう」となるので周りから見ればかなり唐突らしい。
東京の寒い朝、シャワーを浴びている最中、美味しい食事の味を思い出したとき、突然スイッチが入り、それが行動力の源になるのはきっとこれからも変わらないのだろう。
唐突にあらわれる、考え出すとちょっとだけドキドキする「思いつき」を、これからも大切に生活していきたい。