大好きだった推しのさわやかなにおいが忘れられない。
高校生の頃、私は声優のラジオにはまっていた。何年も聞いていたラジオが、リニューアルをして新しいパーソナリティーになった。
そこで初めて出会ったのが推しだ。彼の名前こそ知ってはいたが、彼の人となりを知るきっかけは、このリニューアルされたラジオであった。
私の声で、彼は「売れている香り」を手に入れた
彼は何度か主人公の役に挑戦はしたことがあったものの、そこまで売れているわけではなかった。「もっと売れたい!」と笑いながら話したことで、「売れるためにどうすれば良いか」「売れている声優さんはどのようなことをしているか」をリスナーから募集するコーナーが生まれた。
私は、彼が「売れている声優さんはいい香りがする」と話したのを逃さず、翌週にそのコーナーにとある人気声優が使用していると話していた香水についてのメールを送った。そのメールは見事採用され、次にこのコーナーをするまでに「売れている香りのする」香水を手に入れるという運びになった。
彼が選んだのは、某高級ブランドの香水二つ。高校生でアルバイトもしていない当時の私には、なかなか手が届かないものだった。どのような香りなのか、ホームページの説明を読んだだけでは全く想像もつかなかった。
放送終了後も彼は私の推しになり、数センチの距離で会えるイベントへ
時は流れ、残念ながらそのラジオは放送終了になってしまった。だが、私は彼のことを推すようになり、彼が出演するイベントに数多く足を運ぶようになっていた。
もっと売れたいとラジオで言っていた彼が、主演をすることになったアニメで、彼はキャラクターソングではあるが主題歌を担当した。そのCDを購入するとお渡し会に参加できる、という情報を手に入れた私はすぐにCDを予約した。
お渡し会当日、まだ慣れない化粧をし、髪型や服装もばっちり決めて会場に向かう。今まではステージと客席という何メートルかの距離があるのに、その日はたったの数十センチ。手と手の距離だけで言えば、数センチの距離にいると想像すると、ドキドキという鼓動の音は大きくなるばかりであった。
お渡し会が始まり、自分の番になるまで緊張しながら待っていた。このままだと、緊張して何も話せないと、慌てていくつか話題を考えて待っていた。
彼にぴったりのさわやかな香りはきっと、私が送ったメールがきっかけ
いよいよ自分の番になり、推しの目の前に行く。それと同時にあわてて考えた話題はすっかり吹き飛んだ。頭が真っ白のまま彼からポストカードを受け取った。とりあえずお礼を言おうと顔を上げると、ふわっといい香りがした。シトラスのさわやかさに少し甘みのある、彼にピッタリの香りだった。
「いい香りですね」
自然と言葉が出た。彼は照れ笑いをしながら、
「ありがとうございます!売れてる香りが~」
と話し始めた。
緊張で会話の内容をはっきり覚えているわけではないが、私が送ったメールが彼が香水を買うきっかけになったことがはっきりとわかり、とても嬉しかった。
大学生になり、アルバイトを始めた私は、彼が使っている香水を見つけ購入した。今は別のアイドルを推しているが、その香水の香りを嗅ぐと、「遠い存在と思っていた大好きな人が、自分の言葉をきっかけに何かをしてくれた」という滅多にない経験をできた、素敵な青春を思い出す。
香りで思い出を記録するのも悪くないものだ。