Tinderで100人に会った。人を好きになるっていうことがどういうことかを知りたくて、本気で真実の愛を探してた。こんなことになるなんて、思いもよらなかった。
戻れるのなら、戻りたいって思うのは、一体いつの、なにに、戻りたいんだろう。
好きな人に敵意を向けられた時の、どこにも逃げられない恐怖感
ずっと夢を見ているようで。目を閉じて、また開ければ、あなたが目の前で笑いかけてくれる、なんてことはこの先一生起きる訳もなくて。
1人で寂しいよ、抱きしめてよって、叫んで泣きわめくことが出来たら楽なのに、ただ無表情な自分の顔が映るだけ。温もりを、優しさを、一度知ってしまったら、自分一人で自分の体を支えることはできなくて。
好きな人に敵意を向けられた時の、どこにも逃げられない恐怖感と言ったら。なぜ神は二人を繋げるくせに、二人は他人だと思い知らせるの。
あなたに触られることで、私は確かにその場所に存在することが出来たのに。二度と、帰る場所を失った私はどこに行けばいいの。
私を私につなぎとめる何か、ブレスレットでもネックレスでもリングでもなんでもいい。そんなものでもない限り、とてもじゃないけど自分を維持できそうになかった。
自分の腕を握る自分の手に力が入って、頭の中で声が止まらなくて、息が上がって苦しくなりそうな時、イヤホンをつけて聞こえてくるラジオの吐息に正気を取り戻す。
あの時のあなたとあの時の私がいる、二人だけだったあのあたたかい空間
忘れられないの。あなたの少し困っているような笑っているような細目。
少し低音だけど、おねだりする時に出す甘いずるい声。
タバコを吸った後は必ず歯を磨くあなたの唇。
寝てる私を抱き枕のように、それはそれは雑に抱きしめる腕も足も。
何かを言いたそうで言わない、大きなものを1人で背負っていそうな背中を、私はって。
そう思っていたのは私だけだったはずじゃないでしょう??。
引越しの時に最後部屋を出る時あなたが言った。
私が初めて来た時このホワイトムスクのルームミストを振ってたんだよって。
全部覚えてる。
玄関に必ず置いてあるのはイングリッシュエバーガーデン、コンロであなたが吸ってるのはアメスピの6m。緑の植物が描かれた仕切りをくぐるとオレンジのライトの天井の高い部屋。ロフトを上がると一番好きな布団の匂い。枕の少し汗っぽい匂いも、毛布も掛け布団もマットレスも、ずっと嗅いでいたいあなたの匂い。
あなたの腕を一本拝借して眠る、そこは私だけの場所だったのに。
2人はひとつと信じて疑わなかった、二度と帰れないあの家。あの時のあなたとあの時の私がいる、二人だけだったあのあたたかい空間。
あなたが私に残した唯一のリアル。あなたの存在を本能的に感じる手段
引越しの時、しばらく離れるからって置いていってもらったぬいぐるみ。匂いがなくならないようにってビニール袋に入れて洗濯もしなかった。
最初の頃は寂しくなると嗅いで抱いて寝るなんて可愛いことをしていたなと。
ちゃんと3ヶ月経って、もはやあの人が実在したのかさえも謎に思えてきた頃。だってもうずっと連絡をとってない。画面越しに生きてることだけはわかるけど、私の目には映らない。
あなたの顔を、髪を、体を私は触れない。あなたが私を呼ぶ声も聞こえない。あなたと私が関係があったことさえ幻のようで。
整理する気にもなれなくて、押し入れの扉を閉めて隠していた水色のペンギンのぬいぐるみ。いい加減片付けようと、捨てるに捨てられないけどせめて目につかないよう奥にしまおうと、箱にしまおうと。
あなたが私に残した唯一のリアル。あなたの存在を本能的に感じる手段。
この子に罪はないよね。そういえばこの香りがすごく好きだったんだっけ。そんなに好きな香りは一体どんな香りだったんだろう、と。
軽い気持ちで。少しの好奇心と懐かしさで。
奥の奥の方へ、微かに残っている香りを探して、ペンギンのぬいぐるみに顔を押し付ける、までもなかった。一瞬。
せっかく3ヶ月が経ったのに、せっかく忘れることが出来たのに、それを止めることは出来なくて。燃やしておくべきだった。麗しい時間が、永遠に続けばいいのに、と思う。