私は子供の頃、全く見た目に気を遣わない子供だった。メイクやファッションなんて、なにそれ美味しいの? という感じで、はじめて化粧品を買ったのは大学に入ってからだ。

そんな私が唯一、学生の頃に持っていた化粧品は、小学生の頃に買った香水だった。小学生が香水!? と驚かれるだろうが安心して欲しい。
私が持っていたのは、当時大流行した「きらりん☆レボリューション」のおもちゃである。
あの頃、私の周りはきらりんレボリューション一色であった。テレビではアニメがやっていて、モー娘の小春ちゃんがキラリちゃんとして踊るダンスをみんな踊っていたし、みんなの筆箱はちゃおの付録のきらりんレボリューションのカンカンだった。

母に買ってもらった翌日から、ポケットに入れていた「おもちゃの香水」

そんな中、私はそこまできらりんレボリューションにハマった子供ではなかった。ちゃおを読むより外で遊びたい、どちらかというと男の子の遊びが好きだった。
なのにあのおもちゃの香水を買った。普段おもちゃを強請らない私に母はとても驚いていた。

買ってもらった次の日から、周りにバレないように毎日学校へもっていっていた。学校からの帰り道、ポケットの中でおもちゃの香水を手で転がしていると、後ろから声をかけられた。
「今帰り?」と、この前まで同じ小学校に通っていた近所のお兄さん。中学生になって制服を着たお兄さんは、小学生の私には大人びて見えた。肩掛けのエナメルバッグがとても重そうで、それを見て自分のランドセルを隠したくなった。

「一緒に帰ろうか」と横に並んで歩く。部活を頑張るお兄さんとのたまにしかないその数十分が、たまらなく好きだった。今思えば、多感な思春期にあれだけ優しかったあのお兄さんは珍しい気がする。
いつもたあいもない話をした。同じ学年の男の子がいじめてくるとか、最近好きな漫画とか。お兄さんはいつも私の話を「うんうん」と聞いてくれていた気がする。

おもちゃの香水を持ち歩かなくなったの時、私の小さな恋も終った

お兄さんはサッカー部だったのに、甘い香りがした。きっとあれはシーブリーズだったんだろう。そのシーブリーズの香りが大人な気がして、私は自分が持っていたおもちゃの香水をポケットの中でぎゅっと握りしめた。

あの香水を持ち歩かなくなったのはいつだっただろう。転んでカバンをぶちまけたあの時? それか中学校に上がった時? それともセーラー服のお姉さんと恥ずかしそうに手を繋いで歩くお兄さんを見た時だっただろうか。

ただひとつ確実に分かっているのは、あの香水がなくなった時、私の小さな恋は終わったということなんだろう。

私は大人になったけど、おもちゃの香水を転がしていたあの頃のまま

先日、社会人になったのだし、そろそろデパコスを買ってみようと、恐る恐るChloeに入った。そこで「はじめてのデパコスなら」と店員さんに勧められた香水。香水を垂らした紙に鼻を近づけると、私はあのおもちゃの香水を思い出した。ずっと忘れてた香りが、ハイヒールを履いた私をいとも簡単にランドセルを背負う自分へと時を戻した。

すっかり大人になったはずだったのに、実は背伸びしているだけで中身はあの頃とあまり変わってないとバレているようで少し笑った。
「すみません、違うものも試していいですか?」と私は名残惜しくその少し甘ったるい香水を手放し、少し大人びた香水を買った。

あの頃とは違う香水を付けても、きっと私の中身はあの頃、お兄さんに夢見た少女のままだけど。今は、ほんの少しだけ背伸びをしたいと思った。