10月、夜の空気が軽くなってきた頃。
「そろそろ衣替えをしなくっちゃ」
クローゼットの中から衣装ケースを引っ張り出して蓋を開ける。クローゼット特有のよそよそしい匂いを感じながら、お気に入りの冬服たちと数ヶ月ぶりの再会するこの瞬間は嫌いじゃない。
空いた衣装ケースに洋服たちを詰めながら、来年の女子旅を夢見る
もともと洋服の数は多い方ではない。3日間着まわせるくらいの上下とワンピース2、3着で日本海の寒い冬を越すのも、これで4回目だ。
一人暮らしの冬の衣替えも手慣れたもので、いつも通りベットの上に冬服を移してから出番のなくなった洋服たちを空いた衣装ケースに詰めていく。今期新しく買った花柄のトップスを一番上に置いて、来年もこれを着て女子旅できたらなぁ、なんてありきたりなことを考えながら蓋を閉める。
女子6人、性格も好みも全く違う私たちだが、一緒にいるときはいつも笑っている。
誰もが認める美女なのに本物のカエル好きのまどか、自分が人よりはるかに可愛いことを自認しつつ常に可愛いくなろうと努力を惜しまない花、大学の教授から取り合われるくらい天才なのに私生活での感覚は誰よりも堅実な優希、上品で礼儀作法も完璧な大和撫子かと思えば実はコアなオタクの希和、歩く辞書と言っても過言ではないくらいに何でも知っている瞳。
個性が強すぎるメンバーの中で、唯一無個性なのか私の個性だ。5人はそんな私を受け入れてくれる。この6人で過ごす以上に楽しい時間は今の私にはない。
断捨離中に突然私の感覚を乗っ取ったのは、あの人と同じ柔軟剤の匂い
タンスが空になったら、次は冬服たちを詰める作業にうつる。
去年買った服たちを一着一着広げて、今年もまだ着るか考える。もう今年は着ないかなというものは勿体ないけれどゴミ袋の中へ。まだ着るものはお気に入り順に上に来るようにタンスに入れていく。
3年前クリスマス用に買った赤いセーター、ヨレヨレだからさよなら。
6年前に衝動買いした黒のミニスカート、まだ現役で今年もヘビロテしたい。
5年前に買った福袋に入っていたサーモンピンクのミニスカート、色が年齢的にアウトかな。
買った頃を思い出しながら断捨離していくこの作業は結構好きだ。
あくまでメインはタンスの中身の入れ替えであるから、思い出に浸りながらも流れ作業で進めていく。
フリルのついた紺のセーター、ブランド物ではないけど着回ししやすくて生地もしっかりしてるから今年も大活躍しそう。
「え……」
思わず声が漏れた。懐かしい気持ちとともに胸がぎゅーっと潰されそうになる。全身の感覚が心臓に集中して動けない。
動かない体の中でも、意識だけははっきりと私のものである。私の感覚を乗っ取ったものの正体を探す。五感の中で唯一感じ取れるものは、スーッと鼻を突き抜ける甘ったるい匂いだった。
「柔軟剤の匂い……。これだけ……これだけはっきり残っている」
正体はあの人と同じ匂いの柔軟剤だった。
絶望の匂いだけ残っていたセーターを、ゴミ袋にいれて口を結ぶ
もともと1つの柔軟剤を使いつづけることはあまりない。その時の気分でコロコロ変えるし、使っている柔軟剤がどこの何かを答えられることなんてまずなかった。
一方であの人はいつも同じ柔軟剤だった。初デートの日も、遅刻してきたクリスマスデートの日も、初めて家に来た日も、別れを告げにきた日も。
私はあの匂いが大好きだった。たまたま買った柔軟剤の匂いが同じだと気がついた時は嬉しくて、極力その柔軟剤を買うようになった。
でも別れてから大好きだった匂いは大嫌いになった。鼻を通るたびに優しい記憶と最後に残された絶望の感情がフラッシュバックする。だから私はそれを避けるようになっていた。
一年ぶりに再会したその匂いは、絶望だけを私に与えた。私の中に残っていたあの人は悲しみと痛みだけだった。
あの人との思い出は全て捨てたはずだった。写真も連絡先も消した。クリスマスにもらったハートのネックレスも友人に捨てて貰った。
だからもう残っているのは、温かい幸せな記憶と失った時の辛い記憶だけだったはずなのに。
「これはもう着れないな」
そう呟きながら、セーターをゴミ袋にいれてしっかりと口を結ぶ。
今年の冬はちょっと良いセーターを新調しようかな、なんて考えながら。