ふわり、風が運ぶは春の匂い、ではなく隣の席の男の子の香りだった。

印象からは少々不釣り合いな彼の匂い。正体を知りたくて尋ねたけど…

高校2年の春、初めて本能に訴える匂いというものに出会った。
発生源は隣の席の男子。
初手の会話が「ねえ、春休み明けテスト何点だった?」というデリカシーの無さ。遅刻常習犯で寝癖とかもついたまま。ちょっと雑な彼の第一印象は決して良かったわけではない。

そんな第一印象を拭い去るように鮮烈な印象を残していったのが、彼の匂いだ。
あんまりな印象からは少々不釣り合いな芳しい香りを彼は放っていた。甘くて、少しほろ苦いような、不思議な匂い。なんていい匂いなんだろう。おなかの下の方がキュッとする、そんな匂い。
風が吹くたび、風が窓際の彼の匂いを運んでくるたび、密かに私は深呼吸を繰り返していた。

その香りの正体をなんとしても知りたい。
そんな気持ちがむくむくと湧いてくるのは自然で。さりげなく「い、いつもいい匂いだよねぇ~?柔軟剤…って何使ってんの~?」。あくまで私的にはさりげなく、彼に聞いた。
彼はカラリと笑ってわからないと答えるだけ。
よく考えればそりゃそう。男子高校生が自分の家庭の柔軟剤を気にかけている方が稀だろう。

あの日から始まった匂い探しの日々。悲願の発見と廃番の決定

ただ、もうその頃には脳の錯覚なのか何なのか、気になる対象は香りだけじゃなくなっていて、私はまんまと彼自身が好きになってしまっていた。匂いがきっかけで人を好きになるなんて初めての経験だった。
「いい匂いだと感じる相手は遺伝子レベルで相性がいい」という何かの研究結果をネットの記事で見つけ、当時の単純な私は舞い上がったものだ。

恋するオトメな私には、想い人に対してセクハラまがいの質問をくり返す勇気はなかった。
しかしここで諦めるような私ではない。その日から私のあの子の匂い探しの日々が始まったのだった。

ドラッグストアで柔軟剤の香りサンプルを見つければ片っ端から嗅ぎ、似たものがあればとにかく試す。母全面協力のもとの大捜索だった。しかし、探しても探してもあの子の匂いは一向に見つからない。
試していくうちに、香りサンプルと洗濯物が乾いた時の香りとでは少し違いがあることに気づく。匂いに関する知識は無駄に増える一方で、あの子の匂い探しは一層難航した。

諦めかけていた時、友人のひとりから同じ匂いがすることに気づいた。すでに何種類もの柔軟剤を試していた私はなりふりかまっていられない。その友人に食い気味に尋ね、ブランドを絞り込むまでに至った。あとはひたすら試し、悲願の発見。結局気づけば、見つけるまでに1年の期間を費やしていた。
心躍る香りに包まれる喜びも束の間、その柔軟剤は発見から3か月後に廃番が決まった。

最後の封を切れば、甘酸っぱい思い出がフラッシュバックするだろう

あわてて買い込んだあの柔軟剤のストックたち。あの日から7年の時が経った今もひとつだけ残っている。なんだかもったいなくて使うに使えず、大事にとっておいている自分に思わず笑ってしまう。
結局あの子にはバレンタインにやんわりと振られてしまったんだけど、匂いだけでも、と執念深く探し続けたあの日々。あの子の柔軟剤で洗った洗濯物に顔をうずめたあの瞬間のえもいわれぬ感動と、少しの背徳感。
最後のひとつの封を切れば、立ち昇るあの子の匂いが、一瞬で甘酸っぱい思い出たちをフラッシュバックさせることだろう。

匂いは本能に訴えかける。
高校2年の春に思い知ったこと。このことを今も信じる私は、恋する相手を匂いで選ぶ。あの子の残り香は微かだが確実に、私のこれからの恋にも作用していくのだろう。