笑顔を絶やさない。受け答えはポジティブさを意識し、分かりやすく簡潔にする。所作を丁寧に。無論、言葉遣いは基本中の基本だ。

面接を受けるときの注意事項だと思いましたか?いいえ、こちらは全て、私が24歳で面接官をしていたときに必要だった事柄です。

3年目で託された面接官の仕事。心労が半端ない上に、責任がある

昨年まで働いていた会社は、総勢20名に満たない規模だった。こぢんまりと運営しているのかと思いきやそうでもなく、新しいもの好きな社長が手広く事業を起こし続けていた。
そのため、一人当たりの仕事量がサービス残業ありきで成り立っているような状態。ご想像の通り、とにかく人の出入りが激しかった。1年働き続ければ、長いね、と社長や数少ない古株の社員から感心される。そのような環境で3年目になってしまい、一次面接を担当するよう社長直々に任ぜられた。

真面目に勤務してきた信頼と、事務職だったので常に社内にいるという都合の良さだったのだろう。私は突然増えた仕事に絶望しながらも、雇われ人らしく、おくびにも出さず拝命したのだった。

さて、この面接官という業務。私には心労が半端なかった。しこたま働かせられる中小企業、最寄り駅までバスで20分、最低賃金すれすれ、おまけにボーナスほぼなし。自分が働いていて何だが、やめておいた方がいいの役満だ。

それなのに面接官として、有望そうな人を見つけなければならない。私の決定が、他人の人生を狂わせてしまうかもしれないのだ。今思い出しても胃がキリキリする。
ここに就職するのはおすすめできないよ、という本音。アットホームで自己成長できる会社です、という建前。ほほえみで綺麗に隠して、私は私を勤め人の思考にカスタマイズする。

我が社にとって利益ある人を見つけ出せ。入社してもらうために好感を持ってもらう必要がある。不採用にする人だとしても、不快な印象を与えるのは良くない。
こうして、冒頭に述べたような殻を被るのだ。

大変だったのは、あらゆる角度から飛んでくる質問に答えるとき

退職するまでに、20人ほど面接をした。最後に何か質問はありますか、と全ての人に聞いた。これが本当に大変で、あらゆる角度から質問が飛んでくる。
実際の残業時間はどのくらいか?
働いていて良かったことは?
今後のキャリアプランをどう考えている?
その他多数。

襲い来る疑問に、その場で返答を考えなければならない。しかも、嘘にならない程度に言葉を選んで。例えば残業時間なら、1日1時間くらいですかね、繁忙期はどうしても多くなりますが、と答える。毎日が繁忙期なくせに。

罪悪感を感じながらも、嘘はついていないと思い込もうとしていた。無理だった。私も就職活動をしていたとき、同じように耳障りの良い言葉をそのまま信じ込んで入社したから。
大学卒業後の1年間で、転々と3つの会社に勤めたが、どこも同じだった。

ろくに社会経験のない若者に夢物語を見せるのは、さぞ簡単なことだったろう。その経験が、お前も奴らと同類だと囁いてくる。給料を貰うためなんだ、と無視をした。
事実も自分の気持ちも誤魔化して、結局、5人くらい入社までしてしまった。私が退職したとき、半分はもういなかったけど。

面接で得られる情報も大切だけど、第三者の視点を調べることも大切だ

本音だけでは世の中回っていかない。入社したらブラック企業だった、という話はどこにでも転がっている。事実を隠すための建前しか見せてもらえないから、素敵な想像図との乖離が甚だしいことになってしまう。もちろん、誠実なホワイト企業もこの世に存在すると思うが。それを見極めるのも大変だ。

面接で得られる情報は大切、これは間違いない。加えて、同業他社に知り合いがいたら評判を聞いたり、インターネットで企業の口コミを見たり、第三者の視点を調べて欲しい。仮面を被っているとわかることもある。

この文章が、嘘吐きな面接官だった贖罪のひとつになりますように。