赤色にひかる信号機の向こう側で、くつくつと笑い合うふたりの女子高校生。
道路を挟んで約5メートル。
会話の内容は聞こえないけど、お互いなにが可笑しくて笑っているのかさえ分からなくて、だけども可笑しくて堪らないのが見ていて伝わってくる。
膝より少し上に捲り上げた紺色のスカート。
身体よりひと回りも大きなリュックサックの中には、一体なにが詰め込まれているのだろう。
時折、ライトをつけた車が音もなく目の前を走り去っていく。
赤色に染まる彼女たちを眺めているうち、吸い込んだ息にきゅっと胸が締めつけられた。
あれは私がまだ高校生だった頃。
何がきっかけだったのかも思い出せないほど、薄ぼんやりとしていて曖昧で、だけど今なお心に深く残っている記憶。
似ているようで、似ていない私たち。だけど不思議と心地がよかった
高校1年生の秋に、県外から転入してからの約3年間。
彼女とはずっと同じクラスで、気づけばいつもそばにいるような存在になっていた。
誰にも話せない内緒の趣味を共有しては、仕様もないことで笑い合い、私の密かな片想いにも寄り添ってくれた彼女。
お互いクラスで目立つようなタイプではなかったけど、ふたりでいる時間はどんな1秒にもかえがたいほど満ち足りていた。
パッチリ二重のきれいな瞼に、影を落とすほど長いまつ毛。
ロングヘアには緩くウェーブがかかり、近くにいるとふうわり甘いにおいがした。
似ているようで、ぜんぜん似ていなかった私たち。
それもそうだ。だって私たち、それぞれ違うふたつなんだもの。
だけど不思議に隣にいると心地がよかった。
傍にいる理由はそれだけで十分だった。
あれは一体いつのことだったろう。
高校3年生の時期だったことは覚えてるけど、それ以外はなにひとつ思い出すことができない。
まるでアイスクリームディッシャーで、季節も、期間も、きっかけも、なにもかもそこだけがぽっかりくり抜かれてしまったみたいに思い出せないのだ。
ただ、苦しかった。
それだけだった。
いつも一緒に食べていたお昼の時間も、くだらない話をしながら歩いた移動教室までの時間も、息をするのが苦しくなるくらいに笑い合えていた時間も、最初から全部なかったみたいに消えてしまった。
ワルモノも怒りの感情もなく、予想も抵抗もできない状態で起こった
ワルモノなんてどこにもいなかった。
怒りの感情なんてさらさらなかった。
それは、真っ暗な深い穴に「あっ」と叫び声をあげる間もなく落ちてしまうみたいに、予想も抵抗もできない状態で、突然やってきたのだ。
「おはよう」も「また明日ね」も言えなくて、すれ違うことのないように意識しては、あとになってばかみたいと自分を笑う毎日。
話しかけて、どうにかしてでもまた笑い合いたかった。
でもお互いそれができなかった。
これはけんかではなく、ちょっとしたすれ違いだと誰かは言うかもしれない。
だけどあれから幾年が過ぎた今になっても、けんかの思い出で真っ先に浮かぶのはあの日々なのだ。
それでも、はじまりがあればいつか終わりがやってくるように、彼女との間に起きた苦しい日々にも終止符は打たれた。
張り裂けそうな胸の痛みのほかに、今もはっきり覚えている光景がひとつだけある。
教室にはまだ数名の生徒しかいない早朝。
学校にある屋外の渡り廊下で、彼女と見た眩しいほどのひかりの粒子だ。
確かにあの日、私たちはふたりで渡り廊下の階段に座っていた。
お互いスカートが汚れるのも気にせず、長い時間をかけて、ぽつりぽつりと気持ちを言葉にのせていった。
泣いているのに可笑しく照れくさい。ちぐはぐな感情が温かい涙に
「すごく久しぶりだね」
「なんでこんなことになったんだろうね」
「だけど、つらかったよね」
そんなことを言い合っては、ふたりとも涙でぐずぐずになっていたと思う。
始業を告げるチャイムが鳴って「このまま授業に出ないでどこか行こうよ」なんて冗談を言っては、ふたりで教室へと急いで走った。
泣いているのに可笑しくて、なんだか照れくさかった。
そんなちぐはぐな感情のあたたかさが嬉しくて、涙がまたこぼれ落ちた。
そんな彼女とは、私の数少ない大切な友人のひとりとして、今でも連絡を取りあっては時々会って話をする。
あの頃から変わらないようでいて、ちょっぴり大人になった私たち。
お互いに忘れることのない記憶として残る、大切で愛しい心の傷。
そんな思い出を共有できた彼女に、どうか心からの「ありがとう」が届きますように。
気づけば信号は青に変わって、ふたりの女子高校生はあいも変わらず笑い合っている。
すれ違いざま、そんな笑い声に頬が緩むのを感じながら家路を急いだ。
大丈夫、外はまだ明るい。