先生はまず見た目が怖い。いつも眉間にシワが寄っている。
両手に参考書がぎっしり詰まった紙袋を携えて、まるでバーゲン帰りの奥様みたいな出で立ちで、必ず授業の5分前には教壇に立っている。
先生がしかめっ面で戸を開けると、クラスの雰囲気がぴりっとする。チャイムが鳴るギリギリに入室すると、先生はじっとりと私のことを睨んだ。
先生のことが苦手だったけど、先生は私のことを気に入っていた
もちろん授業も厳しい。先生が担当していた古文の時間に居眠りや私語をしようものなら、一番前の席に座らされる。次の授業も、学期が変わってもずっと一番前。許されるタイミングがないのだ。問題児たちが次々と前の席に座っていく先生の授業はある意味壮観だったが、正直、そんなに厳しくしなくてもいいのにと思う。
先生、私は最初先生のことが苦手だった。学年主任だった先生が修学旅行でいかに厳しく、私のストレスになったかという作文を「修学旅行の思い出」として提出しようとしたこともある。
でも先生は、私のことを気に入っていた。
きっかけは、「探求古典」の授業だった気がする。
単位制の我が校は時間割が一人ひとり違い、授業によっては生徒の数が極端に少ないこともある。発展的な内容を学ぶ「探求古典」は、先生1人に対し生徒がたったの9人。しかも全員女子。先生は見たことのないくらいご機嫌で、いつものクラスは私語厳禁だったのに、そのクラスでは雑談ばかり。
先生が昔、東京の大学に通っていたこと。大学時代にハマトラが流行っていたこと。ゴキブリを見たことがない私たちに食器用洗剤をかければいいなんて対処法をニヤニヤと誇らしげに教えてくれた。
ほとんどサボりみたいな時間を共有していた先生と私たちは、自然に仲良くなった。
家族以外でこんなに自慢される経験は初めてで、先生の期待が嬉しい
他の教科では1桁の点数も普通に取るくらい壊滅的だったけど、国語は昔から得意だった。
担任ではなかったけど、気心の知れたクラスで過ごす私は、先生にとっては可愛い教え子だったのかもしれない。「今回の最高得点は96点。中島だ」なんて私のいないクラスでも喋るから、私よりみんなが先に点数を知っていることもあった。
志望校はなんとなく先生の母校を書いてみた。それを読んだ先生は授業の終わりに、「そうか、〇〇大学か。頑張れよ」といって握手を求めてきた。
先生に手をがっちり掴まれながら、「裏切れないな」と思った。先生が恥ずかしそうな、嬉しそうな、見たこともない顔で笑うから。
他のクラスでも私が自分の母校を志望していることを誇らしそうに言いふらす先生の期待に応えたくて、授業も受験も頑張った。正直プレッシャーに感じることもあったけど、家族以外の大人にこんなに自慢されるのが初めてで、嬉しくて、勉強へのやる気へ繋がった。
結局私は先生と同じ大学に進むことになる。先生が私のことを誇りに思うのと同じように、そう扱ってくれる先生も私の中で特別だった。
就職後1年でデキ婚、退職。もう自慢の生徒ではなく合わせる顔がない
大学は楽しかった。あの無駄話で聞いた風景と同じところに自分がいるのだと、たまに先生のことを考えた。母校に顔を出すときは、自分の担任ではなく先生に連絡した。だけど、大学を卒業してからは一度も会っていない。
卒業後就職した会社を、私は1年も経たずに辞めたのだ。学生時代から付き合っていた彼氏との間に子どもを授かったから。
「お正月実家に帰ったら先生に会おう」「子どもの顔を見せてあげよう」と思っていたのに、いざ帰ると母校に足が向かなかった。就職して1年でデキ婚してやめるなんて、自慢の生徒じゃない。先生に合わせる顔がない。
子どもが3歳になったとき、クラスメイトからLINEが来た。
数年前から闘病を続けていた先生が亡くなった。葬儀は下記の日程で、出席したい人は云々。
上京して子どものいる私にとって地元は遠すぎて、先生にお別れすることすら叶わなかった。
仕事をやめて急に母校にも顔を出さなくなった消息不明の私のことを、先生はどう思っていたんだろう。
病気だったことすら知らなかった。こんなに急に会えなくなるなんて。
先生の期待に恥じない人生にしたい。先生の匂いを感じて、そう思った
子どもの寝顔を見ながら、先生のことを思って泣いた。
くだらない雑談や、母校へ帰るたびに「教職とって教育実習に来い」と迫ったこと。握手したときの手のあたたかさを思い出すと、先生の古本と整髪料の混じった甘ったるい匂いがすぐそこに感じられるような気がして、涙が止まらなかった。
先生の期待に恥じない人生にしたい。先生の匂いを感じて、強くそう思った。
制服が可愛いから高校を選び、国語が得意だから文学部に行き、なんとなく就職して、子どもができたから家庭に入った。今まで流されて生きてきた私にとって初めてできた、将来の夢。
先生へ。
最高得点だとみんなに言っていた96点のテスト、本当は86点です。4問以上バツがついていたのに先生が計算を間違えたから、あんな得点になったんです。
正直に言えなくてごめんなさい。あまりにも先生がいろんなところで私の自慢をするから、引くに引けなくて。
なんだかそんなことばかりで、期待を裏切るのが何より怖くて、連絡もできなくなったことを後悔しています。
今私は、小さな制作会社で編集の仕事をしています。お別れすらできなかったけど、私のことを特別扱いしまくった先生のことだから、たまにはきっと見に来てくれてるんじゃないかな。
キャリアと子育ての両立は正直辛いときもあるけれど、もっと頑張るよ。テストの点数とか志望校みたいに、向こうでも私のこと「自慢の生徒」だって言いふらしてほしいから。