高校の恩師の訃報を受けた。
私は24歳になったばかり。「死」に向き合う回数はまだ多くなく、人の「死」に対して鈍感になりきれていない。
恩師の訃報に際して思い出されるのは、小学生の頃に亡くなった曾祖母のこと、中学生の頃自殺した部活の先輩のこと、高校卒業目前に病気で亡くなった飼い犬のこと…….そして、大学一年の頃、私の知らぬ間に亡くなっていた父方の祖父のこと。
養育費を払わず、連絡も途絶えた父にとって、私はきっといらない子
父と母が離婚して、もう久しい。私は母に引き取られ、母と母方の祖父母と10年近く暮らしていた。私と父は、最初の数年こそまれに連絡を取り合うことはあったが、その連絡もいつからか途切れてしまった。
その間に、私と父は、折り合いがつかないという一言では語りきれない、深い溝ができてしまった。少なくとも私はそう感じていた。
養育費を払ってくれないことを母から聞かされ、もう私は父にとっていらない子だと思っていた。
10年という年月の間、母方の祖父母ともうまく付き合えないことも多く、自分に父の血が流れていることを呪ったことも、少なからずあった。そんな自分のルーツを大切に思えない自分が、子どもじみているような気がして、嫌いだった。
そんな父と再び交流を開始したのは、ひょんなことがきっかけだった。
ある夜、歯が抜ける夢をみた。そのリアルな質感や、抜けた後のジュクジュクした舌触りが、妙にリアルで気持ち悪かった。そのような夢はこれまで幾度となく見ていたが、このときは気になって、ネットで夢占いを検索した。
父になんとか連絡を取りたい。覚えている限りの電話番号を打ち込んだ
夢占いでは、歯は親類に関わるものの象徴であり、抜けることはその不幸ごとに関係するという。
私は落ち着かなくなった。母方の祖父母に何かあれば、すぐに母から連絡がくるはずである。となると、父方か?
胸騒ぎがした。けれども、数年前、父の再婚報告以来、連絡手段を絶っていた私は、父へ連絡する術がなかった。
父は、私が連絡を取りたい時のために、携帯の電話番号を変えないと10年前に約束をしていた。
父がもし電話番号を変えていなかったら、あるいは可能かもしれない。そう思い立ち、LINEのユーザー検索画面に覚えている限りの電話番号を打ち込んだ。
これで見つからなかったら、諦めようと決めていた。
一瞬の検索の間、鼓動が高鳴るのを感じた。
検索の結果、父は私との約束の通り、電話番号を変えていなかった。
そうして、私と父の交流が再開された。
そのとき、私は父方の祖父が、私が父と連絡を絶っていた間に亡くなっていたことを知った。
どうしてあのとき、父の連絡を絶ってしまったのか。
養育費も払わない、再婚している、それでも愛娘の高校の卒業式に参加してくれるような父に見捨てられたのだと思ったのだろう……。
もっと大人になれば良かった。後悔の念が募る。
溝を埋めるには時間がかかりそうだけど、また父のあの家に帰りたい
父と約束をして、父と再婚相手と祖母の暮らす東京へ、祖父の遺影へ手を合わせに行ったのは、それから3ヶ月後のことだった。
父の再婚相手と初めて顔を合わせた。
彼女は、血のつながりのない私のことを、家族同然にあたたかい料理とともに、迎えてくれた。彼女のご両親も、ご兄弟も、そのチビたちも皆が父を慕い、父の娘である私に優しかった。彼女やその家族からの「いつでも帰っておいでね」の言葉が、素直に嬉しかった。
父の家から自分の街へ帰る電車の中、父の家でのことを反芻した。正直なところを言うと、10年間のうちにできてしまった父との溝を埋めるのには、まだ時間がかかりそうだ。
けれど、少なくとも素敵な父の再婚相手とその家族が認めてくれる、大切にしてくれる、尊敬されている、そんな父が誇らしかったし、信頼出来ると思った。また近いうちに、父のあの家に帰りたいと思った。
そして、そう思うことが出来た自分が、一歩大人になれた気がして、少しだけ好きになれた。