「八方美人って言葉知ってる?いい子ちゃんすぎるんじゃない?」
小学6年生のとき、同級生に言われた。その子は嫌なことは嫌とはっきり主張するタイプの女の子だった。
その日は社会の授業で班ごとに発表をするために話し合いをしていた。同じ班だった彼女は、他の班員の意見を全て否定したために口論となり、私は「両方の意見を取り入れようよ、そうすれば問題ないでしょ」と言った直後だった。
当時の私には「八方美人」なんて言葉知らなかったが、相手の言い方で悪い意味なのは悟った。帰宅後、意味を調べてひどく落ち込んだ。
「誰からもよく見られたいと愛想を振りまくこと」
その通りだった。人に意見をはっきり言えない小心者な私は、誰かに嫌われたり対立したりすることが怖かった。人から睨まれた時の、あの鋭い視線がたまらなく恐ろしかった。
だからこそ、誰とも対立しないように、できる限り主張することなく、誰に対しても愛想を振る舞っていた。
結局八方美人じゃん。善行賞選抜理由は、自分の汚点を晒されたよう
さらに、八方美人と指摘された数日後、私は学校の代表として、善行賞をいただくことに決まった。この賞は、私の住む市で独自の賞で、毎年各小学校から1人、その年に優秀な成績を収めるなど優れた人物に贈られる賞だった。
私は選ばれるなんて考えたこともなかったから、驚いた。担任の先生から告げられた時、思わず「間違えていませんか?」と聞いてしまうくらいには予想外だった。
特に生徒会に入ったり、学級委員長などやっていたわけでもない。頭も良くないし、運動もそこそこで、何に関しても秀でたものはなかった。なぜ選ばれたのか分からないままだった。
それから1ヶ月後、市発行の広報に受賞者として名前が掲載された。どんな賞であれ、選ばれたことは嬉しかったので私は広報をのぞいた。
そこには各小学校の代表の名前と選ばれた理由が書かれていた。他の代表は「生徒会長として学校を支えた」「自由研究が全国で優秀な成績を収めた」など誰がみても納得できる理由だった。
しかし、私の受賞理由は他の代表とは違っていた。
「誰に対しても思いやりを持ち、分け隔てなく接していた」
傷ついた。これって結局八方美人じゃん。
素直に受賞したことを喜べなくなってしまった。むしろ、自分の汚点を晒されたようでひどく苦しんだ。
陰口されているのではないかと被害妄想に走り、心晴れない日々が続く
それから卒業までの2ヶ月間、心が晴れない日々が続いた。
八方美人であることを誰かから陰口されているのではないかと、被害妄想に走ってしまった。いつも仲良くしている友達と話していても、心から素直に会話を楽しめない自分に気づいてしまった。
そのような状態で卒業式を迎えた。
私の小学校は私立に行く数人の子以外、全員同じ中学へ進むため、正直寂しさはなかった。
式を終え、各クラスに戻った後、しばらく自由な時間があった。私は友人と担任の先生の元へ話に言った。
担任の藤先生は、いつもおばさんジョークを飛ばしてみんなを笑わせてくれる面白い女の先生だった。
「先生を悪く言う子には、テストの採点の時、丸をすべてハートに変えちゃうからね~」
「先生はおばさんじゃありません!お姉さんと呼びなさい!」
藤先生とは真面目な話をしたことはないけど、とても楽しくて大好きだった。
そんな先生とゆっくり話したいと思い、先生の元に駆け寄ると、藤先生から私に向かって話し始めた。
「そういえばね、あなたに言い忘れてたことがあるの」
いつもより落ち着いた優しいトーンで藤先生は話し始めた。
「あなたはこれからもその優しい笑顔でみんなを癒してあげてね。あなたの優しさをみんなに分けてあげてね」
先生の言葉に心のもやもやが消えた。八方美人だって良いじゃないか
はなむけの言葉であったのだろう。こんな時にでさえ素直に喜べなくなっていた私は「まあ、はい」と濁すように下を向いて返事をした。
先生は私の様子から何かを察したのだろう。付け加えるように先生は言った。
「そういえばね、善行賞って6年生の担任3人で決めたんだけどね、候補の生徒をあげたとき、唯一全員名前が上がったのがあなただったんだよ」
私は咄嗟に顔を上げた。先生の優しい視線が私の目にとまった。
「誰にでも平等に分け隔てなく接することなんて、普通じゃできないのよ。先生だってみんなに平等にしなきゃと思いながら、やっぱり完全にはできないもの」
最後に先生は満面の笑みで、私だけに聞こえる小さな声で言った。
「あなたは私の自慢の生徒よ」
今までで1番優しい先生の笑顔と言葉で、これまで抱えてきた心の中のもやもやが一瞬で消えた。先生からの言葉に、私は驚きと嬉しさで胸が一杯になり、何も返事を返すことは出来なかったが、久しぶりに心の底から笑うことができた。
先生からの言葉のおかげで、少しだけ私自身を誇らしく思えた。八方美人だって良いじゃないか。
当時嬉しくなかった善行賞は、私の誇りになった。
先生の言葉を胸に、誰にでも優しい八方美人な私を大事にしていきたい。