私は、自分のことを庇ってくれた友達を手放した。

私が言えなかった気持ちを代わりに言ってくれたあの子と過ごす毎日

小学2年生の私は、人見知りでおとなしく、自分の言いたいことが言えないような子供だった。クラスで目立つやんちゃな男の子に、毎日「鉛筆貸して」と言われて、返してもらえたためしはなかった。

4年生のクラス替えで、その男の子がまた同じクラスだと分かった時は、またあの日々が始まるんだと思った。でも、あの時とは違うことが起こった。
「鉛筆貸して」と言われ、嫌と言えない私を見て、庇ってくれた女の子がいた。その子ははっきりと、「自分の鉛筆があるんだから自分のを使いなよ」と、私が言えなかった気持ちを代わりに言ってくれた。

その日から私は、毎日その子と一緒に過ごすようになった。授業で2人組をつくるときは必ず一緒だったし、お昼休みもいつも二人で校庭に遊びに行った。
でも私は、そんな大切だったはずの友達を手放した。
それは、ある日のお昼休みの時間だった。お昼休み終了のチャイムが鳴ると同時に、私は一人走って教室に戻った。教室に戻る沢山の生徒たちの流れによって、その子は私とはぐれた。

私は、自分のことを庇ってくれたはずの友達と、毎日一緒にいることが、どうしようもなく嫌になってしまった。一緒にいることが当たり前で義務のように感じられてしまい、その子と離れたくて、逃げた。

偶然同じクラスになったあの子。当時のことを謝りたかったけど…

その日から、私たちは一緒にいることがなくなった。その子は私に何も聞かなかった。先に走って帰った理由も。その後はお互いに別のクラスメイトと過ごすようになり、一年が過ぎてクラスが変わってしまった。

高校2年生の時、その子と偶然また同じクラスになった。同じ中学高校に進んだことは知っていたけれど、あれから同じクラスになることはなく、話をすることもなかった。お互いにもう友達という感覚はなく、単なるクラスメイトという感じだった。
ただ、私はあの時のことを忘れられなかった。庇ってくれた友達を、自分の幼稚な衝動で遠ざけてしまったこと。きっと傷つけてしまっただろうということ。優しかったから、何も言わなかったんだろうということ。

その子があの時のことを覚えているかはわからなかった。でも、できることなら、ひとこと、あの時はごめんねと伝えられれば良かったのかもしれない。
だけど、言えなかった。あんなことをしておいて、今更謝られても困るだろうと思った。違う、それはただの言い訳で、ただ伝えるのが怖くて、ただ勇気が出なかっただけなのかもしれない。

後悔してからでは遅い。伝えられることは幸せなことかもしれない

今でもずっと心に引っかかっている。あの時はごめんねと、伝えることができたはずなのに、伝えられなかったことが。毎日顔を見ていたはずなのに、伝えられなかったことが。今でもその子とはインスタグラムを通して繋がっている。その子のインスタが更新される度に思い出す。あの時の弱い自分のこと。

私は思っている。近くにいても伝えることは難しいし、自分の気持ちを言うことは怖い。相手に拒絶されるかもしれないと思う。
でも、伝えられることはしあわせなことかもしれない。あの時伝えればよかった、そう思うことが少しでもなくなるように、これからを生きていきたいと思っている。