高校2年生の夏、ゆかりちゃんが亡くなったという噂を聞いた。隣駅で、自ら電車に飛び込んでしまったのだと。
彼女は小学校の同級生だった。卒業以来会っていなかったが、記憶に残る姿はいつも明るく元気だった。
噂をにわかには信じられなかった私は、彼女の実家へ電話を掛けた。

同級生が亡くなったという噂を信じられず、彼女の実家に電話をした

高校生になって友達との連絡ツールはすべて携帯になっていたから、家の固定電話にかけるなど小学生ぶりだ。緊張しながらも、早く事実を確認しなくては、という気持ちで後先考えずダイアルを押す。
予想より早く、2コール目くらいで「もしもし?」と若い女の子の声が出た。彼女の妹だとすぐに分かった。確か、3つくらい下の妹がいたはずだ。
いざ電話が繋がると、先程までの私の勢いはすっかりしぼんでしまった。この少女は、もしかしたら最近、姉を亡くしているかもしれないのだ。そんな子になんと声をかけるべきかなど、きちんと考えてはいなかった。彼女の明るい声は、このくだらない噂は何か間違いだったのではないかと私に思わせる。

そうであれと願いながら、私は茶番じみた台詞を放った。
「こんにちは。小学校でゆかりちゃんと同じクラスだった相原です。クラス会のお知らせなんですけど、ゆかりちゃんいますか?」
妹は沈黙していたが、電話口で母親に助けを求めたようだ。そのまま電話は母親に渡された。

私は電話で聞くべきことを聞かず、言うべきことを言えずにいた

わざわざ親が出てきた時点で、何となく分かってしまった。それでも、諦めきれずに私は茶番を繰り返す。
「クラス会のお知らせで、ゆかりちゃんと話したいのですが」
「……ゆかりはいません」
強張った、やけに平坦なこの言葉で、私の疑いは確信に変わった。もういないのだ、彼女は。この世から。
真実を確かめるなら、ここで事情を説明して彼女のことを聞くべきだっただろう。だが私の勇気は完全に砕けてしまっていて、「電話があったとお伝えください」と震える声で言い残すことが精一杯だった。聞くべきことを聞かず、言うべきことを言わず、これではいたずら電話も同然だ。
激しい後悔の中で、私は電話に出た少女に想いを馳せた。こんな心乱れる電話を受けてしまって、彼女は今どんな気持ちでいるだろうか。

同級生のゆかりちゃん。「その妹」に私から伝えたいこと

ゆかりちゃんの妹のあなたへ。
お元気ですか? あの時、あんな電話をしてごめんなさい。
あなたにとても伝えたいことがあったのに、当時の私には言えませんでした。もう一度お電話したかったけれど、手紙を書きたかったけれど、家を訪ねて仏壇に手を合わせたかったけれど……勇気が出なくて、何も出来ないまま10年が経ちました。あなた方は町を出てしまって、もう気持ちを伝える術はありません。

あなたに、あなたのお姉さんがどれだけ素敵な人だったかを伝えたかった。お姉さんは明るく優しくスタイルのよい美人で、勉強もスポーツも出来る、すごい人でした。
お姉さんの走る姿を覚えていますか? 同学年の女子の中で1番足が速かったから、毎年リレーの選手に選ばれていましたね。5年生の時に同じチームで走りましたが、チームが負けてしまって、彼女は1人泣きながらクラスで謝っていました。彼女が1番速かったのに、遅かった人を責めず、自分が謝っていました。
そのサッパリとした性格で、いつもさらっと助けてくれました。
正義感が強く、後輩いじめをしていたガキ大将の男子を強く咎めていました。卒業する時、先生に感謝の鶴をあげようと、中心になって働きかけてくれました。

卒業後も会うほどの親友ではありませんでした。でも私にとって彼女は、ただの好ましいクラスメイト以上の存在でした。大好きでした。憧れでした。私もかく在りたいと、いつも目で追っていました。
あの時、あなたとは一言しか言葉を交わせなかったけれど、あなたが知らないお姉さんのこと、私が知る限りの全てを、あなたに伝えられればよかったと、この10年ずっと思っています。今どこかの街で、あなたが元気で暮らしていますように。