大学1年生の時、サークルの先輩に恋をした。
それは、生まれてきてはじめてレベルの衝動的な恋心で、毎日毎日顔を見る度に胸が熱くなるくらいの熱量だった。

入学してすぐ、半ば一目惚れのような形だったので私はその時18歳。先輩は大学4年生の21歳。うら若き乙女であった当時の私には3個~4個歳が離れていることすらスパイスで、多大なる魅力だった。
容姿はどちらかといえばぽっちゃり、否太め。
大学はサボり過ぎて単位が危ぶまれ、4年生の4月時点で留年の危機に立たされていた。
女癖が悪く、サークル内で手を出してきた女の子は数知れず。
あとベビースモーカーとかずっとお酒呑んでるとか、色々、色々が先輩の構成要素。
俗に言う、やばい人。相談した友達全員が、あいつだけは辞めとけと口を揃えて言う、そんな人。
何がそんなに好きにさせたのか分からない。けど、人生で一番好きだった。

先輩との関係は自制が効かないほど、私と彼だけが正しい盲目な世界

まず第一に、優しかった。入学して右も左も分からない私をサークルに勧誘してくれて、講義の取り方とか大学の仕組みなどを教えてくれ、ご飯に連れて行ってくれたりして面倒をみてくれた。
今思うと女慣れしてるだけなのだが、その時の私はそんなことは関係なく、ただただ純粋に嬉しかった。
第二に、優越感。年が離れた先輩といい感じになっている自分は大人だっていう盛大な勘違いをして、彼氏がいない同級生達を心のどこかで見下していた。私には先輩がいるんだぞという余裕が、自分のステータスごと底上げしているような錯覚に陥っていた。
第三は説明できない。多分、いろんな「やばい」要素が折り重なり、自分の中で自制が効かなくなっていた。効きすぎた麻薬のような、ある種トリップ状態になって、世界が私と彼だけしか正しくないなんて盲目な自分に酔いしれていたんだと思う。

だけど、付き合ってはいなかった。告白もしなければされる様子もなくたまにご飯に行き、飲みに行き、休みの日には2人で出掛け、身体の関係だけズブズブ続いていた。
要するに、漬け込まれた。端的に言うと弄ばれていた。
傍から見たらそんなことは一目瞭然。当の私は認めたくなくて知らんぷりで、いつか付き合うだろうだなんて呑気に構えていた。
そして、そんな状態が大学2年生に上がるまでの約1年程続いた。

さっきまで騒がしかった部室に先輩と二人きり。少しだけ気まずい

関係性が明確に終わったのは、あの日のこと。
大学4年生が卒業していくにあたり、サークルから追い出す、通称追い出しコンパなる送る会に参加した夜の出来事だった。
それまではみんな各々で酒を飲んだり過去のサークル活動を振り返ったりしながら、盛り上がりつつも、夜も耽ってきて散り散りに解散という形になり、帰宅をはじめているところだった。
かくいう私も、みんなの流れに乗り家に帰ろうと準備をしていた時、先輩が小声で私の名前を呼んだ。
サークルから卒業することが名残惜しそうな先輩は、少し部室に残ってもう少しお酒を呑むようだった。
私も、少しだけならと付き合って呑むことを決め、部室に残った。
それまでみんな居て騒がしかったのが二人きりになると、途端に静けさが目立ち、少しだけ気まずくなった。
寒さもあってか自ずと、距離が近くなる。終始無言だけど、私の胸の鼓動だけ多分響いていた。ばっくんばっくんうるさいほどに鳴っていた。

先輩が、私の顔を見ていた。じっくりと、何かを言って欲しそうに

先輩が、私の顔を見ていた。じっくりと、何かを言って欲しそうに。
私は、何も言えなかった。否、あえて何も言わずにいた。そうして、無言が耐えられなくなり、一人で部室を静かに出て、帰った。
本当は分かってた。私から告白しない限り、あの人は好きとも付き合ってとも言わないんだろうなんて薄々分かってた。でも最後の最後まで本当に言わなかった。先輩は狡い人だった。

後悔はしていない。だって、スパイスだったってことにとっくに気が付いた私は、あの日真の大人に近づいたから。
もしもあの日に戻れたら、私は先輩に何を伝えるだろうか。
「好きでした?」「付き合って下さい?」
そのどれも言わないだろう。関係性が変わることを望んでいなかったのは私の方。
私は狡い人間だから。