あの日に戻れたら、そう何度も心の中で反すうしながら10年間生きてきた。
10年前、私は19歳だった。高校を卒業して、ずっと憧れていた軽音楽のサークルに入った。
新しいギターケースの匂い。キンキンした弦の響き。練習のしすぎでできた指のタコ。クラシックの世界でピアノばかり弾いていた私にとって、全てが新鮮だった。
同じ軽音サークルで、誰よりも優しくギターを奏でる彼が大好きだった
私には大好きな人がいた。軽音楽のサークルのメンバーで、誰よりも優しくギターを弾く彼。出会ったのは実はもっと前で、高校の頃、たまたま行った友達のライブで、一番光って見える人がいた。
まさかその彼と、またこうして会えるとは。運命だと思った。
彼も私を覚えていてくれていた。たった一回のライブだったのに。
私たちは、よく似ていた。好きなアーティストも好きな曲も。好きな芸人や好きな作家さえ。本やCDの貸し借りは、何度したかわからない。
大きな桜の木がある校門の近くのサークル棟で休み時間があれば、ギターを教えてもらったり、好きな音楽や新しいアーティストのこととかを教えてもらったりした。あなたはいつもニコニコしてた。暖かな日差しの中で。
一緒にバンドだって組んだ。「ハンバートハンバート」という男女二人組のユニットの真似をしていた。大好きな歌を大好きな人と歌えることに、その時の私は、これ以上ないほど幸せを感じていた。
彼が好きだったけど、友情を壊してしまいそうで「好き」と言えなかった
夏休みの真夜中に一緒に大学に忍び込んで、彼は「秘密の場所だ」と言って、屋上へ連れて行ってくれた。そこで朝日が昇るまで、体育座りでいろんな話をした。
秋には、一緒に好きなアーティストのライブにも行った。アーティストの出待ちをして、サインをもらったあとに「恋人?」と聞かれて、顔を真っ赤にした私を彼は笑った。
彼が好きだった。でも、「好き」って言えなかった。彼にとって私はかけがえのない友達だと自覚すればするほど、この気持ちを伝えることが怖かった。
季節はどんどん過ぎていった。冬になって、落ち葉が降り始める頃、彼はあまりサークル棟に来なくなった。
それでも私はギターを褒めて欲しくて、毎日空き時間があれば一人でも練習しに行った。それに、もしかしたら今日は会えるかもと思っていた。
そうして彼と仲良しの友達から、彼がクリスマスに女の先輩に誘われていることを聞いた。その先輩はみんなから好かれる優しい先輩で、羨ましいと彼の友達が言っているのを。
私は心が不安になった。でも、そんな時でも連絡する勇気さえ出なかった。
彼は私以外の人と付き合うことに。嬉しそうな二人を見るのが辛くて
クリスマス前日、雪が降っていた。彼は珍しくサークル棟にいた。私は声をかけた。最初はなんてことないたわいもない話だった。
でも、聞いてしまった。「明日、先輩と会うの?」と。
そしたら彼は、困った顔で笑いながら、「迷っているんだ、どう思う?」と言った。
私は、「会ってみたら?みんなが憧れる先輩だよ?」と言ってしまった。
そしたら彼はもっと困った顔をして、「そうだね」とだけ言って帰ってしまった。
それから1週間後、「先輩と付き合った」と彼から連絡が来た。嬉しそうな二人を見るのが辛かった。でも、笑っていないと怪しまれると思って、普段以上に元気に振る舞った。「おめでとう」と返したメールを見て何度も泣いた。
本当はあの時「行かないで」って言いたかった。「会わないで、私だってクリスマスに会いたい」って言いたかった。
でもあの時の私は、そんなことを言えるほど強くなかった。自分が傷つくのが怖かった。
それから4年経って、卒業式の時に彼と仲良しの友達から「本当はあの時、彼がすごく迷ってた」と聞いた。私に好きだと伝えるかどうか。「でも、友達の関係を壊したくないから言えない」と言っていたことを。同じ気持ちだったことを知らされた。トイレで一人、これ以上ないほど泣いた。
あの冬の日、もしも私がもう少し勇気を出していたら、何かが変わっていたかな? 今も私の周りに溢れている音楽や本は、彼からもらったものばかり。今さら未練はないけど、ふとした瞬間に思い出す。
彼は今どうしているだろうか。私はまだ彼との思い出に、少し後ろ髪引かれながら生きています。