彼と会う時はいつも夜のワンルームだった。
都内の人が多く行き交う街に、私たちは住んでいて、彼のワンルームに私は毎晩訪れていた。
2人は青春の狭間にいて、毎日はスキップしながらネオン街を駆けるようにキラキラと特別な意味をもって過ぎていた。2人は21歳だった。

ワンルームの部屋に彼の笑顔、こんなに優しい世界があることを知った

「こんなかわいい子が彼女だなんて幸せだぁーー」
男子大学生の欲望をありのままに表現したそのセリフは、下品でありつつも私の心を満たしてくれたし、私もこんなに素敵な彼がいてくれて幸せだった。
2人は愛し合って、心も体も満たされていた。毎日毎日会うだけで幸せで、彼のことを考えるだけで心がほくほくして、ずっとこのまま時間がとまって朝が来なければいいのにってベッドで2人お喋りをしながら何度考えただろう。
若くてお金なんてなかったから、行く場所は大したところではなかったけど、マックにいてもカラオケにいても散歩をするだけでも、それは確実に特別な意味をなしていた。そして、それを感じていたのは私だけではなかった。嬉しかった。
ワンルームの部屋、ピンポンを鳴らすと彼が鍵を開ける。開けるまで、今日の私、かわいいかなとか、変じゃないかなって少し不安で、でも、彼はいつも笑顔で迎えてくれた。今まで人から嫌われることも多かったから、こんなに優しい世界があることを私は初めて知った。

彼の好きなかわいい私でいようとすればするほど現れる、別の誰か

だけど、私は彼が好きなあまりに少しずつ心をすり減らした。それは気づいた時には、取り返しのつかないほど、自分を蝕んでしまっていた。
「うつですね」
調子が悪くて、病院に行った時に言われた言葉。自分が苦しくなっていたことは分かっていたけど、無理をしてでも一緒にいたかったから、一緒にいれるなら自分がどうなろうとどうでもよかった。
それくらい愛していたし、生まれて初めて愛されたと思った。
いつのまにか無理なダイエットをして、異常なほどサプリメントを飲み始めた。日に焼けるからと外に行くのを嫌うようになり、私から笑顔が減っていった。
彼は私がかわいいから好きだった。
だから私は、たくさん頑張って、綺麗で一番かわいい彼女でいたかったから、彼が私のキレイな姿に喜ぶから、自分をたくさん傷つけて、傷つけて、自信なんてなくなって、ワタシがどんな人かも忘れて、大切にしていたことも全部忘れて、友達も家族もぜんぶ放って1人になって、いつのまにか別の誰かになってしまった。

彼は私がかわいいから好きなんだって、ずっと勘違いしていた

夜のネオン街を楽しそうに歩く私はもういないし、一輪の花を買って大切に愛でる私も、ちょっとしたサプライズに心から喜んでずっと忘れないように心にしまう私も、もうこの世界のどこにも存在しない。

私は彼のことも自分のことも大好きだった。
可愛げがあって、愛されていた私はどこを探してももういない。変わって初めてあの時の私は私のままで十分魅力的で、他の誰かになる必要はなかったと気づいた。
もう誰にも話せない悲しい恋になってしまった。
彼は私がかわいいから好きなんだって、ずっと勘違いしていた。彼は、一輪の花みたいに私が幸せそうに咲いている姿を愛していたんだと今になっては思う。
今日は25歳の私のバースデーだ。もう大人になって、あの頃は遠い昔のことで、思い出そうとしないとなかなか思い出せないくらいのこと。あの頃2人がいたあの街もあの部屋にも2人はいない。
狭い部屋に棲みついた2人のあのキラキラした毎日は、あの瞬間、何よりも強く光っていたし、もう誰にも奪われることはない。