「匂いと記憶は深く結びついてて、忘れることが難しいんだって」。誰が言ったか忘れたけど、全くもってその通りだと思う。
私の場合は、ありきたりだけど金木犀の香りがそうさせる。そしてそのおかげで、いつも思い出してしまうことがある。その度に心がきゅうっと締め付けられるような気分になる。
親友が頬を薄紅色に染め、「好きな人」がいることを教えてくれた
私の青春は中学時代。一面田んぼに囲まれた小さな学校が、私達の世界の全てだった頃。私には親友と呼べる英里という子がいた。
男勝りな私と対照的で、賢くてユーモアも持ちあわせている素敵な子。私はそんな彼女のことが大好きだった。
「ねえ、聞いて。私、大智のこと好きなんだ。……内緒にしててね」。ある日、頬を薄紅色に染め柔らかい表情で、英里にそう言われた。そんなことを言われたのは、今まで1度もなかったからとても嬉しかった。
「まじか!英里なら大丈夫やろ!」
「そうかなぁ……」
「自信持ちなよ~。話してる時、大智もいつも楽しそうじゃん」
彼女が好きになった大智という男の子は、私もよく話す友人のひとりだった。彼も彼女といる時は楽しそうに見えた。だから両思いだと思った。
その話を聞いてから数ヶ月後、風と共に金木犀が香る秋の昼下がり、彼が告白をした。「ずっとお前が好きだ、付き合って欲しい」と。
その相手が、彼女なら良かったのに。彼女だったらどんなに良かっただろうか。彼が好きだったのは、ずっとずっと私だったのだ。
彼には過去に1度告白をされ、その時は断った。親友の気持ちも知っている、でも2度も寄せられた好意を断れるやさしさが私にはなかった。
親友が好きと言った彼は、私のことが好きだった。私達は付き合った
彼と私は付き合い始め、当然だがそれから彼女とは少しぎくしゃくすることが多くなった。休み時間はいつも隣にいたのに、いないことがとても寂しかった。
話さない日が続いたある日、帰ろうと下駄箱へ寄ると4つ折りにされたメモ帳が置いてあった。一瞬誰かと思ったが、文字を見てこれは彼女からだとすぐに分かった。
「ゆのみへ
今はまだゆのみ達と一緒に笑って過ごせそうにない。でも、絶対また一緒に笑って過ごせるように頑張るからまってて。
PS.幸せになんないと絶対許さないからね!!笑」
涙が出た。心を抉り取られるような衝撃を受けたが、彼女はそれ以上に過酷な思いで日々を過ごしていることを理解した。
今すぐに彼女の元に行きたいと思ったが、今の私にはそんな資格がない。仮に会ったとして、なんと言葉をかけてあげられるだろうか。幼い私には分からなかった。ただ言えるのは、彼女の方がずっとずっと大人だったということ。
もうどうしようもなくなって、私は校舎を飛び出しひたすら走った。不甲斐ないのか、情けないのか。罪悪感なのか、劣等感なのか。色んな感情がごちゃ混ぜになって苦しくなって立ち止まった。
立ち止まった先で、視界も涙でぼやけ上手く息が吸えずにいた時、強い風が吹くのと同時にあの時と同じ金木犀の香りの波が私を包みこんだ。あんなに鮮烈な香りはしたのは初めてだった。
大人になった今も英里と会うけど、あの頃と変わらず「親友のまま」
社会人になった今でも彼女とは付き合いがあり、よく会っている。2人で歩いていると、彼女が言う。
「あ!もう金木犀の香りがするよ。もう秋だねぇ。私さ、金木犀大好きなんだぁ」
屈託のない笑顔で秋の香りを楽しむ彼女は続ける。
「金木犀って秋って感じめっちゃするよね。ゆのみは金木犀の香り好き?」
「もちろん、好きだよ」
柔らかな日差しと重なる彼女のことをちゃんと見て言えただろうか。
あの日に戻れるなら、というテーマだったが、あの頃の等身大のままで戻ることは出来ない。だから私は、金木犀の香りに頼って「あの頃」へ戻っているのかもしれない。
「英里と同じくらいに好きだよ」と彼女に聞こえないようそっと呟き、また金木犀の香る季節までこの気持ちも一緒に閉じ込めたまま、英里のそばにいる。