今から6年前の大学2年、20歳の夏。
初恋の人と初めてデートした。
気になる彼が「もっと近づきたい存在」に変わってからの私は早かった
彼とは中学3年の15歳の秋から半年ほど付き合っていた。
2年から同じクラスだったが、きちんと会話をしたのは3年になってから。席替えで、彼は私の右斜め前になった。教室の左側の席だったので、黒板を見る度に彼が視界に入ってきて、少しずつ気になる存在になった。
彼は学年一の秀才で、テストは常に満点に近かった。そんな秀才らしく、彼は規律委員長。にもかかわらず、ズボンは下げて履きワイシャツはいつも1つ開いていた。なのでよく生徒指導の先生に呼び出され注意されていた。
たまたま2人で日直になり、職員室にいる担任に呼び出された時、私は職員室の手前のドアから入ろうとすると、
「あっちのドアから入ろ。ここから入ると絶対手前に座ってる生徒指導の先生に呼び止められるから」
そう言って、生徒指導の先生の席を避けるように奥のドアから入ろうとする秀才が可愛く思えた。多分この日、ただの気になる存在から、もっと近づきたい存在に変わったのだろう。そこからの私は早かった。
ある日の昼休みが終わろうとしていた時、彼が暇そうに黒板を眺めていたのを見ていた。
ちょうど私が黒板を消す当番の日だったので、そのタイミングを見計らって消しに行った。身長の高い現国の先生が書く字は、黒板の高い位置から始まっていて、私には届かないところだった。
そんなことは消し始める前から知っていたことだが、あからさまに消せないような素振りをとった。今思うとかなり恥ずかしいが、当時はそのくらいのアピールしか思い付かなかったのだ。
それでも彼は静かに黒板まで来て、何も言わずもう1つの黒板消しで私が消せないでいた所を消してくれた。よしっと心でガッツポーズをした。
2人の距離が近づいて半年経った頃、彼は一緒に帰ろうと言ってきて…
それから数学の授業が終わる度、私は彼に質問しに行った。
「この問題の解き方わからないんだけど、教えてくれる?」
そういって彼の席にプリントを持っていくのだ。そうするといつも寡黙な彼は、問題を教えてくれる時だけは雄弁になった。
なぜ教えてもらう教科を数学にしたかというと、私の得意教科が数学だからである。自分でも解っている問題を彼に持っていき、教えてもらい理解が早い子だと思われたかったから。
「この問題、さっきの応用なんだけど……」
「もしかしてこうやって解く?こんな感じ?」
「すごいじゃん!身につくの早い!」
そりゃ得意なのだから当たり前なのだが、教え方が上手だからだよ~と言うと、彼が嬉しそうに笑う顔を見たかった。
少しずつ2人で話すようになって半年たった頃、1日の最後の授業が終わると彼はおもむろに私の席に歩いてきた。
「今日一緒に帰らない?」
いつも寡黙な彼は、静かと言うだけで別にシャイと言うわけではなかったようだ。クラスのみんなの視線が集まっているのを感じた私は、顔が真っ赤になったのを覚えている。
そうして帰り道に照れ臭そうに告白されて付き合うことになった。
そう望んでいた私のはずだったのだが、なぜか付き合い始めると彼と距離をとり始めてしまった。初めての彼氏でまだ付き合い方を知らなかったのか、一度もデートをすることなく卒業のタイミングでお別れすることとなった。彼は隣の県の偏差値のとても高い高校に進学した。
5年越しの初デート。偶然会った同級生に見栄を張りたくて言った言葉
それから会うことも連絡をすることもなく5年の月日が経った。成人式の後の同窓会で久しぶりに顔を合わせた。お互いもう大人だからなのか、あまり気まずさは感じず普通に話をして別れた。進学した先の県でそのまま医科大学に特待生で入学したと、同窓会に来ていた友人から聞いた。それから数ヶ月後、急に彼から連絡があった。
「そっちに帰る予定あるんだけど、ちょっと時間ある?」
そういって彼は夏に帰ってきた。ちょうどその日は地元で有名な夏祭りがあったので、2人で電車で向かった。これが私たちの初デート。
行きの電車の中、私の高校時代の同級生と会った。
「久しぶりー!元気?あれデート中?」
高校時代グループのカースト上位にいたその子は、私と彼を見てそう言った。
「まぁねそんなとこ。彼、医者の卵なの」
私はそう彼女に耳打ちした。
「玉の輿狙ってんだ!」
彼女は納得したように笑顔を浮かべ、邪魔しちゃ悪いからと言って奥の方へ去っていった。
なぜそんな情報まで伝えたのかというと、イケメンというジャンルではない彼をどうにか自慢したかったのだと思う。玉の輿狙ってるからだよと理由をつけたかった、見栄を張りたかったのだろう。自分で言ったのに、なぜか後味が悪かった。
あの夏から数年後、また見れた彼の笑顔。戻れないから心に残る恋
夏祭りを存分に楽しんだ後、帰りの駅に向かう道は、祭りを楽しんだお客さんたちでごった返していた。横に並んで歩くことなどできず、人をかき分けて進む彼の後ろを私は歩いていた。
そんな時、彼の右手が後ろにスッと伸びてきた。私は悩んだ。この手を握って良いものか。もしかしたら、まっすぐ歩けないから右肩を後ろにして歩いてるだけではないだろうか、それとも本当に私に手を差し伸べているのか。一切こちらを振り向かず進む彼の顔を確認することはできず、とうとう私はその手を握ることができなかった。
結局分かれた後、楽しかったという当たり障りのない連絡だけでお互い連絡が途切れた。
あの手を握れなかった時、きっとまたチャンスはあるだろうと思っていた。でもチャンスはあの1回きりだった。
あの夏から数年後、Facebookで彼が可愛い女の子と仲良く映っている写真にタグ付けされた投稿を見た。とても楽しそうな笑顔だった。
もし、あの中学時代に戻れるのなら、私はきちんと面と向き合ってお付き合いしたい。
あの電車の中に戻れるのなら、私は友人に「私の初恋で今も心にいる人」と紹介する。
あの夏祭りの夜に戻れるのなら、私は彼が差し出したあの手をしっかりと握るだろう。
あの日に戻れるのなら……。
でも戻れないからこそ、今でもずっと心に残る恋なんだろう。