研修と疑わず空いている日を答え、やがてデートの誘いと気づいた
今から10年前。
大学生の私はコンビニでアルバイトをしていた。
19年間生きてきて一度も髪を染めたことがなかった私に「イマドキ、化石だね」と言い放った男がいた。
20歳年上のコンビニオーナーだった。
気が強かった私は、後日髪を染めてコンビニに出勤した。
驚いた彼の顔を見た時の爽快感を今でも覚えている。
しばらくして彼から「空いている日はない?」というメールが届いた。
店長から「オーナーから近々研修の日程を聞かれると思う」といった話を聞いていた私は、研修と疑わず空いている日を答えた。
「車と電車どっちがいい?」という質問にも「お任せします」と返信した。
次の質問は行き先を尋ねるものだった気がする。
その段階になって初めてこれは研修ではなくデートに誘われているのだと気づいた。
父親との関係がずっと拗れていたからか、私は年上の男性に惹かれる節があった。一種の憧れと戸惑いの中で揺れながらもOKしていた。
毎日のようにデート。SNSはせず、シフトは被らせなかったけれど
後日、彼の運転するワンボックスカーで江の島へ連れて行ってもらって、しらす丼を食べたり海を眺めたりした。
デート終盤、夜空を見ていたら「結婚を前提に付き合ってくれないか?」と言われた。
私は「曖昧な関係じゃだめですか?」という、なんともずるい答えをした。
デートが楽しくて、好きでもないのに会っていた。
けれどそれは彼の思う壺だった。
会っていくうちに大人の彼にすっかり夢中になった私は、どうせ小娘相手に本気じゃないだろうと何回目かのデートの後で付き合うことに承諾した。
他に会社を興していて、大学にまで通っていた彼は多忙だったが、少しでも時間があれば会ってくれた。
大学の授業が始まる前まで。
授業終わりに車で迎えに来てくれて。
そうやって毎日のようにデートを重ねた。
電車で移動はしなかった。
SNSは一切やっていなかったし、コンビニのシフトは被らないようにしていた。
けれどもある日、私たちが付き合っていることがバイト先にバレてしまった。
未成年の私との年齢差、周囲の目、そして面接時に店長にお願いされていた「コンビニ内での恋愛は禁止」という約束を破ったことで私はバイトをクビになった。
彼は真剣だった。「大学を卒業するまで待つ」という言葉は重すぎた
私の予想とは裏腹に、彼は交際に真剣だった。
両親に会わせたり、婚約指輪まで用意してきた。
大学生になったばかりの私には、結婚願望も子どもが欲しいという望みもなかった。
代わりに10歳の頃から抱き続けた物書きとして食べていきたいという夢と、漠然と社会をこの目で見てみたいという思いがあった。
そんなあの頃の私に「大学を卒業するまで待つ」という彼の言葉は重すぎた。
別の人と家庭を持って幸せになって欲しいと心から願えた時、彼のことが好きじゃないと気づいた。
コンビニをクビになって3カ月後、私は彼に別れを告げた。
それからしばらく、バイトしていたのと同じチェーン店のコンビニに入ることができなかった。
それは失恋の痛手からではなく、自分の行いのせいでお世話になった先輩や仲間を失ってしまった喪失感からだった。
人間関係で躓くことが多かった私にとって、コンビニはかけがえのない場所だった。
みんなが仲良くしてくれたし、大好きだった。
その痛みは長い間私の中に居座り続けた。
あれから10年。
今ではバイトしていたコンビニチェーン店の商品をなんとも思わず買うようになった。
社会に出てさらに面倒くさい人間関係に揉まれ、いまだ夢は叶わず、母性が足りないのかやはり子どもは欲しいと思えないままだ。
一番の変化は結婚4年目を迎える夫がいること。
結婚願望のなかった私に、この人だったら一緒に暮らせると思わせてくれた大切な人だ。
事実、夫と結婚して本当によかったと思っている。
あの頃と同じ髪色の現在の私を見たら彼はなんと言うのだろう。
彼がもう私とは交わらないどこかで、奥さんと子どもと幸福に暮らしていたらいいと時々考える。