シメのラーメン。よく耳にする言葉だ。ちなみに私は一度もやったことがないし、今後もやる予定はない。太りそうだからだ。好きな人にはなんとなく申し訳ない気持ちだ。

でも私が話したいのはラーメンのことではない。私においてのラーメンは、チョコチップクッキーなのだ。シメのチョコチップクッキー。残念ながら語呂は悪い。

食べながら家まで一駅分歩く。行儀が悪くても、やめられない

聞いたことがない。シメのチョコチップクッキー。正直私も今、初めてそう名付けた。
シメというと飲んだ帰りという感じになるが、別にそこはこだわらない。友達とかと夜に外食した帰路、地元のセブンイレブンでチョコチップクッキーを買って、食べながら家まで一駅分歩くのだ。行儀が悪いのだが、それだけはやめられない。

買うチョコチップクッキーにもこだわりがあって、小さい一口サイズのものがたくさん入っているものではなく、一枚で手のひらくらいのサイズのものをいつも買う。これでないとだめなのだ。食べた気がしない。亡くなった祖父が言っていた。某ファストフードのポテトは細くて食べた気がしない、と。少し違うが、まあそんな感じだ。

また、小さいものだと手が汚れるが、大きければ袋に入れたままうまい具合に手を汚さずに食べられる。それも理由としてある。わざわざ手を汚すのは得策ではない。後は家に帰るだけとはいえ。
この条件を満たすのが、セブンイレブンなのだ。いつ行っても売っている。他のコンビニは売っていないか、もしくは取り扱いはあるのに売り場になかったりする。

私にとってのコンビニは、決まったものを買う所という認識

コンビニに入って落胆するのを防ぐため、いつも同じコンビニに行く。浮気しない。そのおかげか、勝率は100%だ。圧倒的信頼とはまさにこのことである。

いつからこれが習慣になったかは忘れたが、今月に至っては週に一度を上回り、何度か買っている。だからたまに、もしかしたらこのチョコチップクッキーを日本で一番買っているのは私なんじゃないかと思うことがある。個人の消費者の中で。私くらい、もしくは私以上に食べている人もいるのだろうか。気になるところだが、知る術はない。

だから、コンビニというと私にとっては、なんでも売っていて便利な所というよりは、決まったものを買う所という認識なのだ。他の人もそうなのだろうか。分からない。勿論私だってチョコチップクッキー以外を買う時もある。シメの時でなければ。

本当に納得して買うのは、チョコチップクッキーだけなのかも

例えばおにぎりだとか、ポテトチップスだとかそういう類のもの。なんとなく何か食べたい時に求めているものが何か、コンビニに行けばわかる気がするのだ。でも大抵の場合、それは気のせいである。なんとなく納得しないまま目に入った商品を手にとる。

本当に納得して買うのは、チョコチップクッキーだけなのかもしれない。心と頭と体、全てが納得している気がする。

会計を済ませてコンビニを出て、袋を開けて食べ始める。さくさくよりしっとりに近い食感。そして時々現れるチョコチップのはっきりとした甘さ。気づいたらぺろりと食べ終えて、シメの時間はあっという間に終わる。シメなんて、これくらいあっけなくて良いのだ。

この習慣を継続するためにコンビニは必要不可欠なのだ。もしかしたらいつか、チョコチップクッキーに代わるものがシメの地位に君臨するかもしれないけれど。そうなったらそうなったで、いいのだ。
シメのチョコチップクッキーが、私とコンビニを信頼という絆で半永久的に結びつけてくれている。