「子供はできなかったのよ」
叔母はそう言うと、綺麗な手つきでハンドルを切った。
大学卒業を控え、地元に帰省していたある日、叔母と2人で食事をした。帰り道、叔母と短いドライブをしながら、知らなかった叔母の過去を教えてもらった。
家系の中で少し浮いた叔母は、私にとって「かっこいい憧れの女性」
叔母は、私たちの家系の中で少し浮いている人だった。
高校卒業後は進学せずに地元の企業に就職した。家族から聞いた話によると、会社で重要なポジションを担うほど頑張ったらしい。プライベートでは、結婚を複数回経験し、数年前には新たな旦那さんと結ばれた。
結婚や離婚についてはよくわからなかったけれど、バリバリ働いて、恋愛を楽しんでいるように見えた叔母は、私にとって「かっこいい憧れの女性」だった。もしかすると、我が道を行かんとする姿勢にも、惹かれていたのかもしれない。
しかし、彼女の人生は、私たちの家系にいる女性たちの中では異端だった。そして、母は私と叔母が連絡を取ることさえ警戒していた。離婚を繰り返す叔母が、私に悪影響を及ぼしてしまうかもしれないと警戒していたのだ。
結婚の挨拶と称して、今の旦那さんを実家に連れてきた後、母は長い間不安定になった。叔母の選択を止めることができなかった父への非難だけではなく、それまで叔母と母の間には色々とあったらしい。
「嫁と小姑問題」という言葉で笑うことができないほど、私たち家族は、2人の関係に神経をとがらせるようになった。
大学生になり叔母とこっそり会うたび、知らない叔母の過去を見つける
私が大学生になりスマホを持つようになると、叔母と私は母に内緒でたまに会うようになった。一緒に舞台を観に行ったり、同窓会のドレス選びに付き合ってもらったり、おしゃれなレストランに連れていってもらった。恋愛話や仕事の話など、母とはしないようなざっくばらんな会話に、いつもどきどきした。
そして、会うたびに、知らない叔母の過去を見つけるようになった。
兄である私の父のことを、とても大切に思っていること。
今の旦那さんとは、良い関係を築けていること。
これまでの旦那さんとは、悪い別れ方をしたわけではないこと。
その日も、たわいもない会話に盛り上がっていた。地元のおしゃれなフレンチを予約してくれた叔母は、やっぱり憧れの女性そのものだった。上品な手つきでナイフとフォークを操り、軽やかな笑顔で私の話を聞いてくれた。そして、買い換えたばかりだという可愛い車に私を乗せて、駅まで送ってくれた。
食事をしたレストランは、街の中心部から少し離れたところにあった。シャッターを閉じた店が増え、寂しさを増しつつも懐かしい地元の風景の中を、叔母はかっこよく運転していく。
「子供はできなかったのよ」 私の質問に、叔母は明るく答えた
助手席で叔母の横顔を見つめながら、私は、それまで気になっていたことを聞いてみた。
「おばちゃんは、子供は望まなかったの?」
親族でも、無神経に聞いてはいけないこともあると思う。ただ、結婚を繰り返しても子供だけはいなかった叔母の人生を、これから社会に出て大人の女性になろうとする私は、知りたいと思った。
信号待ちで、田舎ののんびりとした風景を眺めながら、叔母は明るく答えた。
「子供はできなかったのよ」
叔母は、明るい声色のまま続けた。
「頑張ったんだけどね、子供ができにくい体だったみたい」
不妊治療もしたが、子供ができなかったと言う。そういえば、叔母は過去の結婚で、一軒家に住み犬も飼っていたと聞いた。もしかすると、子供と過ごすことを思い描いていたのかもしれない。
私は勝手に、男の人と小さな子供と笑い合い、犬が元気に駆け回る様子を見守る叔母の姿を想像した。ハンドルを切りながら、叔母はその後も楽しそうにいろんな話をしてくれた。
叔母との短いドライブ 正解の分からないテーマを投げかけた
叔母は、彼女の実家でもある私の実家に立ち寄ることはない。母との仲を警戒して、父と叔母で話し合い決めたことだ。
社会人になった私は、結婚願望ができた。子供が欲しいかと聞かれると、まだよくわからない。
ただ、母と叔母の2人の女性の生き方を知った私は、結婚や離婚、子供を産み育てるというこれからやってくるかもしれない選択は、とても慎重になるだろうと思う。
叔母との短いドライブは「家族のあり方と女性の生き方」という正解のわからないテーマを、私に投げかけた時間になった。