クリスマスは一番好きなイベントだった。その日は父も早く帰ってくるし、母もずっとご機嫌だし、美味しいご飯も出る。そして何より、次の日にはプレゼントまでやってくる!
クリスマスの朝は、世界で一番幸せな朝なのだから。

サンタクロースの存在を信じて疑わなかったので、「サンタさんにお手紙書く!」と言っては、欲しいものとプレゼントをくれることに対する感謝を述べ、「サンタさんにお礼のお菓子渡す!」と言っては、クッキーと麦茶(私は牛乳が嫌いだったので麦茶ばかり飲んでいた)を枕元に置くなどしていた。
きっとサンタクロースは、無邪気な娘を見て笑っていたことだろう。

病に伏した父がクリスマスにほしい物は、家族4人お揃いの腕時計

成人し、いい加減サンタクロースを信じていないかといえば、そんなことはなかった。佐藤家に来るのは外人のサンタクロースではないが、父がサンタクロースの代理人として、私と妹に幸せな贈り物を届けてくれていたからである。

父はマメな人だったので、毎年何かしらのプレゼントを枕元に置いてくれた。私と妹が小さい頃は、サンタクロースにリクエストしたものを。大きくなってからは、図書カードやギフトカードを。手紙も添えて。

3年前。父は病に伏しており、それも危ない状態で、ずっと入院していた。そんな中、父がふと「クリスマスには、時計がほしいな」と言い出した。
「時計?」
母がそう尋ねれば、
「G-SHOCKの腕時計がほしい。4人でお揃いの。すだれ達も何がほしいか言わないんだから、いいよね。みんなで一緒に着けて、年末に旅行をしよう」
と返した。

医者からは「年を越すのは難しいかもしれない」と言われていた。知っていたのは父以外全員だった。母は、
「そうだね。皆でお揃いの腕時計。一緒に着けようね」
と、いつものように笑いながらそう答えた。

時計を選びながら泣く私。その理由は口に出したくなかった

父がいなくなることを、私はまだ信じられていなかった。つい先月までは、入院しつつではあるものの、一緒に旅行だってできたし、本人もあっけらかんとしていた。
それが数週の間で、父は一気に弱っていった。父は強がりな人だったので、そんなところは見せたくなかったのだろう。入院している時も、いくら辛かろうとも、それを表に出すことはなかった。
父の願いを叶えたいのは、母も私も一緒だった。お揃いで文字盤の色だけが違うG-SHOCKを4つ買った。
「すだれは中が銀色のやつね。お母さんは金色。お父さんとお揃い。なかなかいいでしょ?」
二人で一緒にネットショップの画面を眺めていた。私は泣きながら画面を見ていた。
「どうして泣くの」
「だって……」
続けることはできなかった。「父が死んでしまうかもしれない」なんて、思っていても口には出したくなかった。
「楽しいことしているんだから、笑って。ね?」

母も強がりなので、選んでいるときも一切悲しい顔をしなかった。
きっと母のことだから、本当に楽しかったのかもしれない。
父との思い出を作れることが。そして、クリスマスの思い出を作れることが。

プレゼントが早く来るのは嬉しいから今日渡そう。私は私に嘘をつく

忘れもしない12月12日。時計が届いた。4つの小さな箱を持った母が、私に聞いた。
「ねえ、いつ渡すべきかな」
クリスマスなんだから、クリスマス・イブの夜に、枕元に置いてよ。
本当ならそうしたかった。だってクリスマスは世界で一番幸せな朝でないといけないのだから。
「今日、渡すべきだと思う。だって、その、あれじゃん。早くしないと……」
お父さんが死んじゃうかもしれないから。
言い切ることなく、私はまた泣いた。母は黙って私の目を見ていた。涙をこぼしながら、私は必死に続けた。
「だって早いほうがさ、うれしいじゃん。プレゼント、早く来るのはさ、うれしいから」
私は私に嘘をついた。自分を守るためで、誰も傷つけないための嘘を。
「そうだね。そうしよう。今日、渡そうね」
泣きながら頷いた。お父さんに会うときは泣かないでよ、と釘を刺され、また泣いた。

「ねえ、見て! ほら、届いたから嬉しくって!」
父に時計を渡したときの私は、さながら主演女優賞だったことだろう。
「わ、すごいな。お揃いだ」
父は朦朧としつつも時計をはめられ、嬉しそうに笑っていた。
全員で時計をはめて、4本の腕を揃えて写真を撮った。
「Facebookにあげたいのに、よくわからなくなっちゃった」
父はスマートフォンの操作も出来なくなっていた。意識が朦朧とするためだ。
「そうだ、4人で写真撮ってもらおう!」
母の提案に、私と妹は「そうだね」と口を揃えて返した。看護師に来てもらい、4人揃って笑顔の写真を撮った。

父からもらっていたクリスマスプレゼント。私が家族に届ける番に

父は2日後の朝早くに亡くなり、その写真は家族全員で撮った最後の写真になった。
その写真は、父から私たちへの、まるでクリスマスプレゼントだ。

4つのG-SHOCKは、家で並べて飾ってある。
「みんなで使うために買ったのに、並べておくなんてもったいない!」
父はそう笑っていることだろう。だから私は、旅行の度にそれを身に着ける。

クリスマスは一番好きなイベントだ。その日は私も早く帰るし、外で遊んでばかりの妹だって早く帰ってくる。母はずっとご機嫌だし、美味しいご飯も出る。
そして何より、その日は私がサンタクロースの使者として、家族へプレゼントを届けるのだ。

世界で一番幸せな朝を迎えるために。