これは、来春から一人暮らしを始める私への戒めの話。

学部生の時から、海のない埼玉の実家を出て、行ったことのない海へ出かけていくのが好きだった。でも最初は怖くて、一生家に帰れなかったらどうしようと真面目に不安になったものだけど、はまってしまったら言葉通り戻れなくなるくらい、実家から外へでていくことで見えていた世界は常に魅力的で、学びの場だった。
そんな中で生きるってどんな感覚だろう、と一人暮らしをする同級生のことを人間として自分より数段先を行っているような、そんな思いでいつも羨ましがっていた。
だから、私が自分の人生を決める就活では、実家を出ることに全く戸惑いがなかった。
場所にとらわれず、常に自分を試して生きてみたかった。
憧れだけが、私の就活を突き動かしていた。

解剖教室で山分けする食材を、彼に料理してもらおうと迷わなかった

そして、私は一生懸命就活をして、晴れて来春から憧れの研究者として働き始める切符を手に入れた。そしてそろそろ勤務地の通達が来るであろう12月。
そんな中に、久々にエビの解剖教室のお手伝いのお仕事が舞い込んできた。
来春から研究者になるリケジョとして、子どもたちの前で紹介されて1分間スピーチ。

あー、こんな風にお話をするなんて、憧れだったな。そんなことを思いながら授業は無事に終わり、毎回解剖教室の恒例になりつつある、実験教材の山分けの時間がやってきた。
私はいつも、このタイミングでもらえるオマールエビやタコ、マダイを魚料理の上手な一人暮らしの彼のもとへこっそり持っていって料理してもらっていた。これらを見たときの彼の反応が大好きだったし、(何がもらえるか分からないので)突然持って行った食材でも、うまく組み合わせて美味しい料理を作る、その手さばきを見ている時間が本当に幸せだからだ。
今回もそうしよう、と迷わなかった。

そして、その日はイセエビより高級でレアな「セミエビ」というエビを頂いた。
くりくりと可愛く美しい彩を持つセミエビ。ちょっと重たかろうが、このエビの美しさを一緒に愛でたい!生きたままのセミエビを発泡に抱え、いつも通り彼の家に直行していた。

「ご家族との時間も大切に」。宴の後に気づいたメッセージが胸に来る

「残り少ない貴重なご家族との時間も大切に!一度離れるとなかなか、なので」
そんなメッセージがセミエビをくれた師匠から届いていたことに気づいたのは、その日の宴の後だった。
家に持ち帰って家族みんなで愛でて食べる。今まで頭をよぎることがあっても、じっくり考えてこなかった後悔と、取り返しのつかない今日の時間がずっしり重いものとなって、引っかかった。
それは、家族との時間が「残り少ない」、そしてそれを「大切にせよ」という当たり前のことが、恋とやら忙しさとやらのために、見えていたようで全く見ていなかったことに気づかされた瞬間だった。すごくそれが、チクリと来た。

もちろん彼の家に直行したのには、私が全国転勤で遠距離になる前に思い出をたくさん作っておきたかった、という思いもあった。だけど、それよりも家族との時間を大切にすべきだったのかなと、やっぱりどこか後悔が残った。
家族は誰もそんなことを言わないし求めない。それはある意味での家族の愛だったのかも。でもこの言葉でやっと、思い返せば、家族団らんを意識しないと家で夕食すらとれない私に気づくことができた。

結局、一人暮らしのベテランである彼にはこのことは話さなかった。
彼は家族ラインでセミエビの写真を載せて、お母さんが食べたそうに返信をくれたのを嬉しそうに私に見せ、「年末に市場でセミエビ見つけたらおかんに買ってこ」そう言ったのだった。