「そんなマスク、外してよ!」
幼い私が何度も飲み込んだ言葉。
母はいつもガーゼ布のよれたマスクをしていたから、どこにいても一目で分かった。
「人と違う」ことが嫌いだった私は、隣にいるのが母だと友達に知られるのが恥ずかしくて、半歩後ろを歩いていた。
でもそういう日に限って、というのが世の常。後日、みんなに噂話をされるのは、その場で笑われるより傷ついた。
行く当てのない苛立ちが積もり、ある日の買い物で「何が欲しい?」と機嫌が良い母に「普通のお母さん」と嫌味を言ってしまった。

今思えば、母は人よりちょっと神経質だっただけ。黙って怒りを我慢するのではなく、理由を話して「留守番する」とでも言えていたら、2人の未来には響かなかったかもしれない。
見せかけの気遣いで相手と向き合わず、本音を自分に都合が良いようにすり替えて、遠回しに相手を拒絶することの方が、深く傷つけてしまうこともあると知っていながら、自分は母の心にとどめを突き刺していた。

やがて、コロナで街中はマスク姿の人で溢れかえるようになり、もう母を一目で見つけることはできなくなっていた。
あの時はまさかこんな時代がくるとは思わなかったよ、と心の中で母に笑いかける。