おそらく私は、兄を見下している。
私は兄を好きか嫌いかで言ったらたぶん好きだし、例えば、兄が姉になっても受け入れるような常識は持ちたいし、何かの節目には、おめでとうと伝えたい。
私は兄の存在そのものを認めている。兄がいなかったら、私は今こんな風に、ここにいないだろう。疑いなく、そう思う。

けれど、なぜだろう。「兄」などという括りに収めるのは惜しい気もするのだが、愛を込めて正面から表現したい。
なぜ兄は、あんなに、おバカなのだ?

あっという間に広まった、「サンタさんお父さん説」

鮮明に覚えていることがある。クリスマスの少し前。当時、通っていた保育園にサンタクロースがやって来るという日があった。毎年行われたこの行事に、私は園児として最大の喜びを感じていた。

「サンタさんに聞いてみたいことはありますか?」。サンタさんの近くにいる先生がマイクで答えを教えてくれた。
「サンタさんにお歌のプレゼントをしましょう」
全身で歌った。私は、“赤鼻のトナカイ”が、特に好きだった。
「お歌を歌ったら、お待ちかね、サンタさんからプレゼントをもらえます」。キラキラした透明の袋にたくさん詰まったお菓子は、開けて食べたくないくらい綺麗だった。
「きちんとお礼を言って、記念写真を撮ります」
サンタさんから、ツンと高い、雪の匂いがした。
「サンタさんは世界中の子供たちにプレゼントを用意するため忙しいので、すぐに帰ります」
サンタさん、ありがとう。

家に帰って、出来上がったサンタさんとのツーショット写真を母と父に自慢して、アルバムに綴じた。サンタさん、本当に、いるんだな。私、サンタさんに会ったんだ。
写真を見た小学校低学年の兄が一言。
「サンタさんが履いてる靴、うちにあるやつじゃね?」
……バカ。
母が笑いを堪えていた。「あらー、ほんと、お父さんの靴、サンタさんとお揃いね」。

田舎の子供のコミュニティというのは恐ろしいもので、「#サンタさん やまびこちゃんのお父さん説」「#証拠 靴」は、ほどなくして保育園中を駆け巡った。
発信源の兄はどんな気持ちだったか知らないが、私は、保育園児にして既に仕上がりつつあった女子カーストを浮遊し「どーゆーことよ」攻撃をくらい、その度に涙目になっていたであろうことは主張したい。
お兄ちゃんのバカお兄ちゃんのバカお兄ちゃんのバカ。

兄は「プレゼントを探す」と言った。その思いとは…

「話があるんだけど、こっち来て」
ある日、私を子供部屋に呼び寄せ、兄は神妙な面持ちで告げた。
「やっぱり、あのサンタさんは、お父さんだと思うんだ」
「……うん」
「だから、協力して欲しい」

ああ、こうやって大人にならなくちゃいけないのかな。サンタさんから、雪の匂いが、したと思ったんだけどな。大人って楽しいのかな。でも、大人って、ちょっとスリルがあって面白そう。
「もし本当にお父さんがサンタクロースなら、この家には世界中の子供たちのプレゼントが隠されているはずだ。見つけてそれで遊ぶ。今から探すから、協力してくれ」

……バカ。
今思えば、これが、私が兄を見下した瞬間だ。というか、シンプルに最低。プレゼントの盗みを妹と共謀しようとしているだけである。真っ先に保護者会や職員会議で議題に上げるべきだろう。
それから「サンタクロースはお父さん」と、「お父さんはサンタクロース」には、似て非なる可能性が宿っていることを、私はもっと考慮すべきだった。兄は「お父さんはサンタクロース」派で、加えて自分の利益を最優先させていたのだ。兄は、私の、想定の外側を自由に泳げる人なのだと思う。

塵芥にまみれたフリースを見て、私は何かを諦めた

私は兄の命令のままに脚立を押さえ、兄は押し入れの屋根を拳で開けたり、手当たり次第の扉を開けたり閉めたりして、結果、何も見つからないまま、あっという間に夜になってしまった。
「マジで、どこにあるんだ!くそ!」
兄の、塵芥にまみれたフリースを見て、私は何かを諦めた。
本当は、あの全力で自由な姿が、私には到底かなわないような気がして、羨ましかったのだと思う。

その年のクリスマス当日、兄は何事もなかったかのようにサンタさんからもらったプレゼントで朝から遊んでいた。お正月を過ぎたら、兄は、お年玉に夢中で、もう誰からもサンタさんの話は出なくなった。

ちなみに後になってわかったことだが、保育園に来たサンタは、スキーが好きで当時からよくスキー場に通っていたらしい。だから、私が感じた雪の匂いは、正しかったのだ、たぶん。

圧倒的にバカで、今となっては愛おしい、クリスマスの思い出だ。