私の旅行経験は片手で数えられるほどしかない。
小学校から高校までの修学旅行と、親の仕事で数日間ついて行った広島と、彼氏と行った京都、そのくらいである。それ以外はずっと首都圏にいると思う。
もっとアクティブな性格であれば旅行に行く機会ももっとあったはずだが、残念なことに私は自室に引きこもることがなにより好きで、友達もそれほど多い方ではなかった。

学生最後の年、新型コロナによりイベントは白紙、就活はオンラインに

さらに私の出不精に追い討ちをかけるように、学生最後の年に新型コロナによるパンデミックが起こってしまった。予定していた卒業旅行やイベントでの遠出は全て白紙になった。
遊びの予定が消えてしまったことを残念に思う気持ちはもちろんあったが、ステイホームというもっともな理由を得たことで、自室に引きこもる時間はさらに増えることになってしまった。

そんな状況の中、家でできることから就活を進めていた。4月中頃、ある企業の最終面接も直前でオンライン面接に切り替わり、zoomで名古屋のオフィスと東京の自宅を繋いだ。
面接は進み、「勤務地の希望はあるか?」という話題になった。私は何かあったときすぐに実家に帰れる距離がいいので、首都圏勤務を希望していると伝えた。すると、面接官の男性は真面目な表情でこう答えた。

「首都圏にいたい理由はわかりました。でもずっと同じ場所に居続けるのはもったいない。違う地域に行ったからわかることもあるんです。色んなところを転々としている僕からしてみたら、首都圏ってかなり変わっているところなんですよ。だけど首都圏に住み続けているとわからないでしょう?海外も同じです。
勤務地は首都圏でも、若いうちにいろんなところに行ってみて視野を広く持ってほしい。コロナが収束したら名古屋にも来てみてくださいね」

面接官の言葉。「変なところ」がわからないのがちょっと悔しくて

この言葉が、面接の中で一番記憶に残っている。
自分の住んでいる狭い狭い範囲しか知らないと、そのとき初めて気付かされたからだ。
面接官が言っていた首都圏の変なところがどんな点なのかがわからないのがちょっと悔しかった。

面接官の言葉をきっかけに、私の「外出欲」が生まれて初めて湧き上がった。
旅行が難しい状況が続いたが、いつか行ってみたい場所をリサーチし続けた。

その後、その企業から内定をもらうことができ、現在そこで働いている。面接官の男性は上司になった。
コロナが少し落ち着いた春に研修も兼ねて名古屋へ初めて行くこともできた。
小さなことだが、見慣れないものに囲まれるのはドキドキするし、楽しいことだと気づいた。
読めない地名の駅ビルで食べた、知らないチェーン店のヒレカツ定食は、何もかもの味が濃くて研修疲れの体に染みた。とてもおいしかった。

状況が少し落ち着き始めた今、初めてのボーナスを使って国内旅行を計画している。金沢か熱海か長野か迷っているところだ。どこも捨てがたいし、いつか海外にも行ってみたい。
自分の触れることができる範囲を増やせること、それが旅行の醍醐味であり、私に旅が必要な理由だ。