何があったわけでもなく、急に遠い場所へ行きたくなる事がある

昔から、ふと「どこか遠くへ行きたい」と思う事があった。特別辛い出来事や悲しい経験をした後気分転換に、という訳ではなく、急に自分の事を誰も知らない遠い場所に行きたくなる事があった。
数年前、まだ行きたい所へ自由に行き来できる世界だった頃、その時も私はどこか遠くへ行きたくて旅に出た。旅に出る時はいつも思いつきなので、その時も前日に行き先を決めて宿を取り、新幹線に乗った。
美味しそうな駅弁を買って車内で食事を取り、食べ終わると目的地に着くまで車窓からの景色をぼーっと眺めて過ごした。

駅についてすぐ、普段とは違う景色を見てきれいな空気を吸った時、なぜだかものすごく安心感を覚えた。チェックインまで少し時間があったので行き先を決めずにブラブラ歩く事にした。
気になった風景を写真に収めたり、美味しそうな食べ物をたらふく食べたり。そうして少しずつ心を満たしていくと、それまで悩んでいた事が全部スポーンっと飛んでいってしまった。チェックインしてからものんびりと宿のテレビを見たり大浴場の温泉に入ったり、気の済むまでゆったりと過ごした。

気になる場所を片っ端から赴き、食べ、どんどんその土地を好きになる

次の日、神社に行こうと乗ったタクシーで、ドライバーのおじ様が優しく話しかけてくれた。
「一人旅してるの?いいねぇ、おじさんも若い頃はよく一人で旅に出てたんだよ」
顔をクシャッとさせて笑うおじさんは、車内で観光案内もしてくれた。名所を通る度に丁寧に解説をしてくれて、美味しいご飯屋さんも沢山教えてくれた。気がつくと目的地の神社に着いていた。

「またこっちに来る時があったら、おじさん案内するからね」

そう言ってくれたおじさんの優しさが、その時の私には眩しかった。私が明日には帰る事を告げると、タクシーの名刺を渡してくれた。ここの番号に電話したら割引で案内してあげる、と茶目っ気たっぷりに話してくれたおじさんに深々とお礼をし、軽やかに神社をお参りした。

その後も自分が気になった場所に片っ端から赴いては、好きなだけ食べ物を食べた。疲れたら近くのベンチで休んで、海辺の空気を思い切り吸い込んで深呼吸した。そうやって二、三日過ごしていたら、すっかり元気になってなんだか帰るのが名残惜しく思える程、その土地が大好きになっていた。

私にとって旅は、その土地を思い出し、日々を生きる為の活力を貰う事

私にとって旅に出るということは、その土地その土地の空気や元気をもらって、日常へ戻った時にそのしあわせを思い出しながら日々を生きる為の活力を貰う事だ、と思っている。
コロナが流行りだして旅にも行けず、感染対策で人と人との触れ合いが大きく減ってしまった。こういう世界になって、私はより一層自分が知らない場所へ行ってその場所からエネルギーを貰うことがどれだけ自分の力になるのか、を思い知らされた。
デジタルがどんどん普及して人との接触が少なくなったとしても、やはり人が元気や勇気を貰うのはいつだってアナログな人の温もりなのだと思う。

これからの世界が、どうか私のように旅に出る事で生きる力を貰える人が世界中どこにでも自由に旅をできる日が、一日も早く来ますように。
そしていつかあの時のおじさんに、その時教えて貰えなかった美味しいご飯屋さんをもっと沢山教えて貰える日が、一日でも早く来ますように。