「あ~!!旅行に行っきてぇえええ!!!」
自粛生活が始まってしばらくは「通勤もないし家におって楽ちん〜」と思っていたが、1年も経つと通勤さえも楽しみのひとつとなっている……とんだ世の中だ。

旅行のために働き、会社の条件も旅行に行けるかどうかで選んだ私

わたしは旅行が好きだ。国内だと温泉や神社仏閣、リゾート地へ年に4回くらい、海外も好きで中学2年生からコロナになるまで皆勤賞、毎年どこかしらの国に飛んでいた。
海外旅行は特に非日常で、何をしても刺激的。裸足のアボリジニと遭遇したり(オーストラリアにて)、韓国人に韓国語で道を聞かれたり(韓国にて)、大暴走のタクシーで吐きそうになったり(台湾にて)……そのときはドキッとするけど後になって全部いい思い出になる。

わたしはお金のためというよりは“旅行にいくため”に一生懸命働いていたし、会社を選ぶ条件も有給がちゃんと取得できること、土日祝が休みであることだった。ほかに趣味もあまりないし、好きなこともないから。旅行はどんなときだって、癒しをくれるから。

自粛1年目はそこまで打撃がなかったが、終わりの見えないwithコロナについに精神的に限界がきた。限られた人と、いつも同じ場所、やることも同じ。「何の楽しみもない生活……いつも何が楽しかったんやっけ……」そう思うようになっていた。少しずつ友達と遊びに行ったり軽く泊まりに行ったりしてリフレッシュはできるものの、特別な思い出となるような出来事はそうそう起きない。

旅行は趣味と答えていたが、趣味どころの話ではなく生きがいだった

そう、旅は思い出を作ってくれる。日常生活では一週間前何を食べて何をしていたかなんてあまり覚えていないが、旅行で食べたものや見たものは結構鮮明に覚えていたりする。
その思い出があるから、行った地域や国に思い入れができたり、ずっと友達でいれたり絆が生まれたりする。家族との思い出だって、旅行が大半だ。
わたしにとって、旅行をすることが生きている証にもなっているのかもしれない。かなり大げさだけれど。

いつも趣味を聞かれると、旅行と答えていた。ありきたりでつまらないと思っていたが、趣味どころの話ではない。生きがいだった。何のために働くのか、何が楽しいのか、誰と一緒にいたいのか……その答えはすべて旅行にある気がする。

そんな旅行が奪われてしまった。代わりになるような趣味もないし、好きなことも見つけられない。ありがたいことに仕事もあるし、生活に困る状況にはいないが、やはり物足りない日々を送っている気がする。

一歩踏み出すきっかけをくれたのはいつも旅行で、私には必要なものだ

そう考えると、旅行はいつも力をくれた。約束した旅行を楽しみに仕事は無敵モードで頑張れたり、外国語の勉強を始めてみたり、伝統工芸や海外の文化や人に興味を持ったり、新しいことにチャレンジしてみようと思えたり……。
一歩踏み出すためのきっかけや背中を押してくれたのはいつも旅行だった。つまらないわたしを少しずつ豊かにしてくれていたのは旅行のおかげだった。だから今、物足りないのだろう。

わたしには旅行が必要だ。絶対に。
前のように好きなときに好きな場所へ行くことは今後難しいかもしれない。心のなかで、どこか物足りなさを感じ続けるのかもしれない。
それでも、わたしは前を向く。いつかまた、大好きな国や文化に触れることを、大切な人たちと思い出を作ることを心待ちにして。