「おばあちゃんがいるといいのにな」(松田素子著)。このタイトルの絵本に初めて出会ったのは、保育園の年長の時だ。

明るい表紙デザインとは対照的な話に号泣し、2人の祖母を重ねた

教室の絵本棚の上段に置いてあったこの本を何気なく手にとった。表紙には、晴天の下で孫の「ぼく」の話に耳を傾けるおばあちゃんが描かれていた。
だがページをめくると、明るい表紙デザインとは対称的だった。

いつも優しい大好きなおばあちゃんが乳ガンを患い、乳房の摘出手術を受けた甲斐もなく、最後には亡くなる。そんな物語をぼくが、おばあちゃんの思い出とともに語るまさに悲しみを悲しみで塗り固めたようなストーリーだった。
5歳の私の胸を打つには十分すぎる内容で、その場で号泣し、迎えに来た父親にこの本がほしいとねだった記憶がある。

私の感情を揺さぶった理由は、この本が単に悲しい内容だったからだけではない。それは、幼い頃から私を守り、愛してくれた2人の祖母に物語のおばあちゃんを重ねたからだ。
最寄りのコンビニまで車で20分かかる山奥の田舎町で生まれ育った私の家庭環境は、典型的な3世代同居スタイル。家には父方の祖母がいたし、コンビニよりも近い距離に、母方の祖母が住んでいた。
両親が40代になってから生まれた末っ子の女の子ということもあり、特に祖母たちからは物心両面で無限の愛情を与えられていたと思う。
おばあちゃん子だった私にとって、この絵本との出会いは、祖母たちといつか「お別れ」する日が来るのだという現実を突きつけられた瞬間だった。

生き方に大きく影響するほど、目に焼き付いて離れない最後のシーン

この衝撃は、のちの私の生き方に大きく影響することになった。
大学進学と同時に一度は地元を離れたが、悩んだ末に就職を機にふたたび地元での生活を選んだ。正直、都会で働きたい気持ちもあった。だが、就職活動で自己を解きほぐすうちに、人生で1番大切にしたいものが見えてきた。
いつか来る祖母たちとの最期には、側にいて見送ってやりたいとの気持ち。死に目に会えなかったら、きっと私は一生後悔する。
絵本に出てきたぼくが、病院で機械に繋がれたまま意識のないおばあちゃんのそばで涙を流すシーンが、目に焼き付いて離れなかった。

5歳で絵本に出会ってから24年。2人の祖母たちはそれぞれ母方が95歳、父方が93歳になった。どちらも元気だが、母方は認知症の症状が進み、父方は足を悪くして外出が叶わなくなった。幼少期とは状況が変わってはいるものの、今、あの時と変わらず、祖母たちの近くにいられる生活を心から満喫している。

祖母たちが惜しみなく注いだ愛情のおかげで、私は私を愛せるように

守られる側だった私は、今度は守る側となった。おむつをかえてもらっていた私が祖母のトイレを介助するようになり、手をつないで遊びに連れてもらっていたのが、今度は私が手を引いて一緒に歩くようになった。
時の流れとともにお互いの立場が変わりながらも、今日も私は祖母たちと同じ時間を共有している。

祖母たちが私に惜しみなく注いでくれた愛情のおかげで、私は私自身を愛せるようになった。母方の祖母は認知症で記憶に波があり、ときどき私の名前を忘れる。それでも思い出す度に「なんでこがに可愛いだいや(どうしてこんなに可愛いの)」と、目を潤ませながら私の頭を撫でることがある。
決して顔が可愛いとか、そういうことではない。私の存在を愛しいと思ってくれて、心の底から湧き出た言葉を私にそのままくれるのだ。そんな時、私もつられて泣いてしまう。
辛いことがあっても、この世界には無条件で自分の味方でいてくれる人がいるという事実は、私を強い人間に成長させてくれた。
祖母たちからもらった愛情にはほど遠いかもしれないけれど、少しでも恩返しできていたらいいな。いつか来るお別れのその時まで、この時間を大切に過ごしていきたい。