「好きな本持っといで」。本を好きじゃない父が私にこういう理由
父は涙もろい人でした。
芸能人が田舎の一般家庭のおうちに泊めてもらうテレビ番組がお気に入りで、毎週必ず泣いていました。
人一倍寂しがり屋で、人懐っこくて、相手の懐に入るのが上手なくせに、1人の時間を好みました。
田舎に生まれて、車の運転が上手で、男らしくて、海や山を愛し、夜空を眺めては星を見つけるのが好きでした。父と手を繋いで近所へ夜のおつかいに出掛けると、どちらが多く星を見つけられるか勝負を仕掛けられました。
父は料理も得意でした。母ほど上手ではありませんでしたが、私は父の作る、熱々でとろみのきいた中華スープが大好きでした。味はもちろんのこと、父が張り切ったときは必ず同じ器に同じ味の中華スープが出てくるのが、面白くて好きでした。
父は誰よりも母と姉と私を愛していました。
たまに私に、一緒に眠ろうと声をかけてきました。
大きくて、暑苦しくて、ゴツゴツしていていびきがうるさいので、正直迷惑でした。
「好きな本、持っといで」
父は本が好きではありませんでしたが、こう言うと私が一緒に眠ってくれるとわかっていました。
本を読み、泣く父は、いつもとは違った知らない人みたいに見えた
ある夜、私は『わすれられないおくりもの』(スーザン・バーレイ/評論社)を父に渡しました。
「物知りでみんなから愛される年老いたアナグマが、ある日天国にいってしまいます。
みんなは悲しみに暮れて泣き続けますが、アナグマとの思い出は消えません。
スケートやクッキーのレシピ、ネクタイの結び方など、アナグマから教わったことは、みんなの特技としてそれぞれの人生を彩っていることに、誰しもが気付くようになりました。
アナグマの話が出れば、必ず誰かが楽しい話をできるようになりました」
父は大きな目から大粒の涙をたくさんこぼして、途中から黙って読んでいました。
私はびっくりしました。
テレビを観て泣くいつもの父とは違った、知らない人に見えました。
繊細で、弱くて、今にも消えてしまいそうな、小さな少年のようでした。
小学校低学年だった私は、幼心に何故か「かわいそうだな」と思いました。
あの時、父は何を感じていたのでしょうか。
父は、私が16歳の冬に天国へいってしまいました。
もう二度と会えません。
星を多く見つける勝負を仕掛けてくることも、張り切って中華スープを作ることも、世界で一番可愛いと褒めてくれることも、二度とありません。
私は、父を恨みました。
あんなに暑苦しくてゴツゴツしていて、大声で笑って、毎週テレビを観て泣いて、寂しいからと絡んできて、心底迷惑していたのに。
こんなにあっさり、跡形もなく消えてしまうなんて。
父と一緒に読んだ本は、父が私に教えてくれたことに気づかせてくれた
父に会わない日が折り重なるにつれ、私は1人、父のいないベランダに出て、夜空の星を見つけるようになりました。
車の運転も、下手くそなりに好きになりました。家の近所へ散歩に出て、近くの川をいつまでも眺めるようになりました。
母ほどではありませんが、料理が得意になりました。
映画や本やテレビで、すぐに目頭を熱くするようになりました。
人一倍寂しがり屋で、人との繋がりを求めるくせに、1人の時間を好んでいます。
鏡を見れば、父そっくりの顔と目が合います。
父は、跡形もなく消えてはいませんでした。
私の中で、たくさんのおくりものと一緒に、暑苦しくゴツゴツと生きているのです。
母も姉も、父にそっくりな私を見て笑います。
独り部屋にこもって子供のように泣く私は、あの夜少年のように泣いた父にそっくりなんだと思います。
父と一緒に読んだこの本は、アナグマがみんなに教えるだけで、私には何も教えてくれませんでした。
その代わり、父が私に教えてくれたことを、気付かせてくれました。
もう寂しくはありません。
これからも私は、「わすれられないおくりもの」と一緒に、生きていこうと思います。