両親に黙って旅に出るなどという選択肢は存在しないも同然
忘れもしない2021年5月。私は大学の授業がオンラインなのをいいことに、パソコンとWi-Fiを携えて旅に出ようとしていた。バックパックひとつで3週間の旅を計画していた。
一応両親には旅に出る旨を伝えるべきだと思い、両親に話をした。
返ってきたのは「コロナだし、やめた方がいいんじゃない?」の一言。
至極当然の返答に、私は「そうだよね」としか言えなかった。
そこから私の葛藤は始まった。
このまま両親の言う通りに旅を泣く泣く諦めるか、それとも両親に黙って旅に出るか。
当時の私にとって親の意見はほぼ絶対で、両親に黙って旅に出るなどという選択肢は存在しないも同然だったし、両親に反抗するなんて考えられなかった。旅は諦めるしかなかった。
でも、どうしても諦められない理由があった。今回の旅は過去に抱えてきたものの昇華の旅で、私は心の底から旅を欲していた。
承諾を得るのは、もしもの時のための逃げ道を作りたかっただけ
そんな中で、ふとこんなことが頭に浮かんできた。
「あれ、なんで私は親の意見に従っているんだ?私の人生なのに、なんでこんなにも親に影響されているのだろうか?」
そこから、いろいろなことを考えた。
私は母親が超過保護で、当時母親と私は共依存関係にあった。
思えば、自分だけの意思で何かを決めたことなどそれまでにひとつもなく、いつも母親に相談し、母親の意見を求める自分がいた。今回の旅も、コロナに感染するリスクはもちろんあって、それは自分でも十分にわかっていた。
もしも感染した時の責任を自分で取る勇気がなくて、親の承諾を得ることによって、自分だけで意思決定をしたわけではないという、もしもの時のための逃げ道を作りたかっただけだった。
そのことに気付いた時、たとえ親に反対されようとも旅に出ることを決めた。
でも、親になんて伝えたらいいかわからなかった。それまで私は、嘘のような話だが本当に、親に反抗したことも、自分の意見や考えを伝えたことすらなかった。
話そうとしても、上手く切り出せない。底知れぬ恐怖に涙があふれるばかりだった。
自分でも嘲笑いたくなるほどの意気地なしの私は、結局面と向かって伝えることができず、全てを手紙に書いて、それを置いて旅に出た。
全てを自分で決められる。そんな旅の自由さに心惹かれた
それが私の親に対する初めての反抗であり、初めて自分だけでした意思決定であり、初めて自分の行動に自分で責任を持つということだった。
そして、自分と母親の境界が曖昧で、だから自分でしっかりと境界線を引いていかなければならないと初めて認識した瞬間だった。
旅は、右に行くのも左に行くのも、どこに行くのも全てが自由だ。旅を始めたとき、私はたぶん、その全てを自分で決められる自由さに心惹かれたのだと思う。
旅は、全ての柵から私を自由にしてくれる。この1年でいろいろな場所を旅してきて、いつでも帰れる場所がたくさんある喜びを、「おかえり」と迎えてくれる人がいる幸せを、見知らぬ景色が見慣れた景色に変わる瞬間のやすらぎを、何度も味わった。
ひとつだけ言っておくと、いいことばかりじゃないのは事実だ。
初めましては嫌。コミュニケーションが苦手で上手く打ち解けられなくて、自分が嫌いになる。ハプニング続きで自分の優柔不断さに嫌気がさすこともある。
上手くいかないことの方が多いかもしれない。旅なんてもうするものかと思うこともある。変化が大嫌いで、できることなら安定の中でぬくぬくしていたい。
こんなにも旅に向いてない私だけれど、でも、それでも、私は旅に出る。
弱い私がちょっとだけ強くいられる気がするから。
私が私でいられる気がするから。
そんな私が、私は好きだから。