京都中の寺社仏閣をリサーチし、30か所の参拝を目標にした
あれはまぎれもない「大恋愛」だったと、5年経った今でもそう思う。
寝ても覚めても彼のことで頭がいっぱいで、常に彼中心に私の生活が回っていたし、彼も私にたくさん愛情を注いでくれた。
そんな彼の愛想が尽き始めたのは、私が職場のストレスにより体調を崩した頃だった。心身ともに不安定な私を、彼は単なる「重荷」と感じ始めたのか、あれほど優しかった彼の態度は日に日に冷たくなっていた。
彼から別れを告げられた私は傷つき、寝食ままならない状態に陥った。生き地獄の中で私は、彼に依存していたことにようやく気づいた。
そんな私を見かねた友人に言われた、「京都で縁切りしてくれば?」という一言が、私を大きく変えた。
「恋に破れた女がひとり京都へ傷心旅行」なんて陳腐にも程があるが、彼の幻影に苦しんでいた私は、藁にもすがる思いでひとり京都へ行くことを即決。彼との縁切りと新たな恋愛成就が叶えられそうな京都中の寺社仏閣をリサーチし、30か所参拝することを旅の目標にした。
脳内の「彼」をさらに小さくしたのが、最終日の貴船神社だった
この旅は、24歳にして人生初のひとり旅だった。観光場所や旅程、全てを自分で決めるのは、思いのほかワクワクした。
旅の準備中にふと、彼に別れ際に言われた言葉を思い出す。
「もっと自分の考えや時間や趣味を持って自分を大事にした方が良いよ」
いつも彼中心に生きていた私には耳の痛い一言だったし、彼との関係以外にも大いに心当たりがある。
世間や親に認められるために受験勉強や就職活動を頑張ってきたものの、本当に自分がしたいことや好きなことを考えたこともなく、いつも他人に同調していて、なんて薄っぺらい人生なんだ、と感じていた最中だったのだから。
そして迎えた、京都ひとり旅初日。3泊4日で30か所の寺社仏閣を巡るのはなかなかハードだったが、詰め込み過ぎた旅程に加え、旅の中で出会った素敵な景色や新たな発見に刺激を受けたおかげで、私の脳内メモリの大半を占めていた「彼」の容量は次第に小さくなっていった。
そんな脳内の「彼」をさらに小さくしたのが、最終日の「貴船神社」への参拝だった。
御守りも手に入れて最強装備となった。満たされた気分で下山した
早朝に京都市内のホテルを出発し、バスや叡山電鉄を乗り継ぎ、神社のある山のふもとに到着。ここからさらにバスで神社まで登る予定だったが、まだ始発バスの運行前であることに気づき、登山を余儀なくされた。都会育ちの私にとってはもはや修行だった。
40分ほど山を登ると、ようやく本宮の赤い大きな鳥居が視界に入ってきた。
安堵するとともに、それまで山登りで戦々恐々殺伐としていた私には気づけなかった、森林の清々しく気持ちよい冷気、すぐそばを流れる川の心地よい水音を感じ、人気のない朝の境内の神聖な空気を肺いっぱいに吸い込む。
縁切りと恋愛成就を懇願し、御守りも手に入れて最強装備となった私は、久しぶりに満たされた気分でバスで下山した。こんな山道をよくもひとりで登ったな、と自分の秘められた体力と怨念をしみじみ感じながら京都市内へと戻り、無事に旅を終えた。
京都への旅で次の行き先を考える程に、おひとり様を楽しみ始めた
この旅は、「ひとりで計画を立てて遂行し、目的を果たし、無事に帰宅した」という達成感と満足感、そして自信を私に与えてくれた。また、普段見ることのない景色に刺激を受け、ぼんやりと考えを巡らせ、たくさん歩いた後の心地よい疲労感とともに一日を終える。
久しぶりに「生きている」と感じられた3泊4日だった。そして今回のひとり旅に味を占めた私は、次の行き先を考える程におひとり様を楽しみ始めていた。
そんな私が彼への思いを完全に断ち切ることができたのは、ひとり旅から半年後、突然彼からの連絡が来た時だった。ほとんど彼のことを思い出すことはなくなっていたが、久しぶりに自分のiPhoneの画面に映る彼の名前を見た途端、封印していた彼への思い、後悔、憎しみ、色んな感情がわっと溢れだしてきたと同時に、左脳で冷静に「勝ち」を確信した自分がいた。
あれだけ彼に依存していた私が、京都ひとり旅をきっかけに、今となってはおひとり様を楽しみ、彼に未練がましく連絡をしなかったことが誇らしかった。そして不思議なことに、私の心の隅っこでくすぶっていた彼への思いが、風に吹かれた塵のようにすっとどこかへ消えていった。
私の中の彼が無事成仏した瞬間だった。
「本当の私の声」に耳を傾け、自信を持って生きていくために
私が旅をする理由。社会の中で生きていると、どうしても自分の気持ちや考えを後回しにしてしまいがちになる。「本当の私の声」は、あまりに小さすぎて日常生活の中で心の奥の方へ追いやられ、他人の意見、環境、都会の喧騒にかき消されて誤魔化されて、自信を失ってしまってよくわからなくなってしまう。時にはそのまま消えて無くなってしまうこともあるのだろう。
「『私は』何を感じて考えて、何がしたいのか」
旅をしていつもと違う環境に身を置き、普段は感じられない刺激をたくさん受けると、埋もれていた私の感覚、感情が次第に研ぎ澄まされてくる。そして自分の言動に自信と責任を感じられるようになる。
普段は小さすぎて聞こえない「本当の私の声」に耳を傾けて自信を持って生きていくために、私は旅をする。