夜行バスで到着後、いつも使っていたのがネットカフェだった

コロナ禍以前、地方在住の私は、アイドルのおっかけをするために、度々上京していた。
元来のケチな性格で、移動で新幹線に乗るのは気が引けると、専ら夜行バスにお世話になっていた。ただ、夜行バスで到着しても、グッズ列に並ぶにはまだ早過ぎたり、友達との約束の時間にも時間がある。
そこで、暑さを凌いだり、暖をとるのに使っていたのが、ネットカフェである。

バス停がある池袋の雑踏に降り、寝ぼけ眼で、大きなリュックサックに、宿泊用のボストンバックを持ちながら、ネットカフェに向かって、ヨタヨタ歩く。
夜明け前の街は、まだまだ独特の雰囲気で、田舎者にはなんか感覚的に肩身が狭い。早く早く建物に入りたい。この街にばれてしまわぬように。毎度恐る恐る受付を済ませ、1人のホッとする空間を確保するのだ。

1発で足を伸ばして横になれる部屋なら、最高。勝ちである。リクライニングチェアの部屋しかない時は、大変だ。暖をとれるだけで良いという気持ちはどこへやら、足を伸ばして寝れる部屋が空くまで待ったこともある。
受付の前をウロウロ歩き、人が出て行った様子を確認した上で、店員さんへ空いてるかどうかを確認する。中々怪しい。

1人の空間なのに1人じゃない気がする。ホテルとも違うあの空間

部屋が確定すれば、漫画コーナーの棚もドリンクバーも目もくれず、友達宅での宿泊用のスウェットに履き替え、備え付けのブランケットと冬なら、来ていたコートをかけて、すぐに仮眠に入る。
1人の空間に、東南アジアを想起させる店内BGMと、どこからか聞こえる男の人のいびき、パソコンのクリック音、そして始発電車が動く時間と共に誰かが動き出す音が聴こえる。

それを聴きながら、あと2時間は寝れるな、などと考えるのだ。まぁ、気分が高揚して、だいたい寝付けないのだが。一応、寝過ごさないために、几帳面にもアラームをかけるが、それより早く目が覚めるため、あまり意味は成さない。1人の空間なのに、1人ではない気がする、ホテルとも違う、あの空間が好きなのだ。

仮眠から目が覚めると、顔を作る作業が待っている。今日はとびきり可愛くしたいし、しなきゃならないという気持ちとは裏腹に、空間はとても薄暗い。部屋付きの電気と手元灯をレンタルし、作れる最大級の光を集める。化粧品と、カードキーと、ドリンクバーからとってきた飲み物で机上はごちゃごちゃだ。
鏡に顔を近づけ、高揚感を落ち着けるために、家で見ているような動画をYouTubeで流しながら、顔作りスタート。

薄暗いため、だいたい顔は濃くなる。なお、キーボード置き場に、アイブローペンシルを何度か置き忘れて帰ってきたことがあるので、ネットカフェで顔を作る方には注意喚起しておく。

久しぶりに味わいたくなった非日常。いつもの音はなかったけど…

パック料金の区切りのいいところで、「もうすぐネットカフェを出る」と連絡をし、服装に似合わない大荷物を担いで、ネットカフェを後にする。私の旅が始まるのだ。

そして、先日、あの高揚感、非日常を味わいたくて、仕事の研修課題を作る、ということにかこつけて地元のネットカフェに行ってきた。男の人のいびきも、キャリーケースを転がす女の人もいなかったが、変わらない東南アジアを想起させるBGMと、ドリンクバーの中華スープが、私を旅気分にさせるには充分すぎた。今度は無駄に仮眠と顔を作りに行こうと思う。

次も始まりの地はネットカフェから。